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東大寺西正門である転害門(てがいもん)、前の道は「京街道」。
奈良と京都を結ぶ昔から街道で、街道に沿ったこの辺りは手貝町と云う。
面白いことに京街道は奈良坂を越え、京都の方に行くと「奈良街道」となる。
転害門正面を西へ平城京と繋ぐ道が一条通りで包永(かねなが)町と云う。
この界隈、古くから刀鍛冶や漆器、木工、彫り物、晒し等の工芸が盛んな職人の町。
利休や織部・遠州、恐らく上田宗箇も顔を出した「松屋」という工芸屋もあった所。
近鉄奈良駅の北側から奈良坂までの界隈を最近では「奈良きたまち」と呼ぶとか。
この界隈はそのまま私の中学校の校区であり、同級生が彼方此方に居た。
一昨日その前と一日半掛けて我が家の網戸を同級生に貼り替えてもらった。
彼の生家は建具屋で彼も建具職人であったが今は大工職人をしている。
彼は同級生に建具屋が三人居たと云い、同級生の家の生業の話になった。
建具屋、左官屋、傘屋、表具屋、指物屋、塗物屋、竹籠屋、筆屋、包丁屋(研ぎ)等々。
勿論、魚屋・八百屋・肉屋も居たが商店の類であって、職人業とは違うとか云々。
その職人業を継いだ同級生たちの殆どは廃業し、商店は閉店しているとか云々。
彼に、業種と職種の違いのことかと問うと、彼は少し考えて大きく二度頷いた。
業は商いで職は技術と彼は理解したようだった。まま、職が業になるのであるが。
私は、業種(Kind of business)と業態(Type of operation)の論議を思い出した。
もう一つ頭に浮かんだことは「屋」、マスコミでは「○○屋」という表現は使用禁止。
八百屋は青果店、魚屋は鮮魚店、肉屋は精肉店、つまり「店」なら好いとか。
彼等の曰く、「屋」と付くのは「日銭稼ぎ・日当仕事」で下等職種を指す「差別用語」とか。
士農工商で日当職人は「工」だけであるが、それが卑賎職業とはナンジャラホイ。
嘗ての鉄道員には自らを「ポッポ屋」と云い、技術職人の自覚と誇りを持った人がいた。
「職人」、つまり只のサラリーマンではないという心意気が技術職の矜持であろう。
同級生の多くが職人稼業をやめている話は悲しくも情けなくもあるという気がした。
日本の文化や産業を支えて来たのは日本の職人・技術屋であったのにと・・。
全く、マスゴミの輩の感覚・風潮は解し難し。
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