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加茂本阿弥の画像、「かもほんなみ」と読むのは京訛りとか。
昨日、植物栽培を趣味とする知人(高校後輩)の南都塗師からメールが入った。
「ブログを遡って見ました。『賀茂木阿弥ではなく加茂本阿弥』です」
まま、本阿弥が木阿弥とは、我ながら笑うしかない。
しかし、賀茂・加茂・鴨の間違いには少々興が湧いた。
上賀茂神社と下鴨神社、間を結ぶのは加茂街道。
京阪出町柳駅の前にある「賀茂大橋」は付近の交番やバス停では「加茂大橋」。
賀茂大橋より上流は賀茂川、下流は鴨川と呼ばれるが新撰組は歌う。
♪加茂の河原(かわら)に 千鳥が騒ぐ またも血の雨 涙雨♪
この歌で私は長い間勘違いをしていた。加茂川とは奈良北部に接する加茂町を流れる川。
従って、新撰組は奈良北部から加茂川にかけて跳梁跋扈していたと私は思っていた。
歴史上では賀茂川・鴨川・加茂川は何れも記録に残っているそうな。
そもそもは葛城山を本貫とするカモ族の一派が山城へ移ったということ。
その本貫の地にあるのは高鴨神社、やはり「鴨」が本来であろう。
日本史の謎ともいえるカモ族、本阿弥光悦もその系らしい。
京都の「葵祭・あおいまつり」も正式名は「賀茂祭」、徳川家の守護神は三河加茂神社。
「葵の御紋」とは本来賀茂神社の二葉葵、徳川の三つ葉葵は架空の植物。
思っている中にこの寒気、カモ鍋が喰いたくなって来た。結局は呑み助の元の木阿弥。
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