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京都市上京区の興聖寺にある古田織部の墓石、読み辛いが下部に金甫大居士とう文字があった

織部寺といわれる興聖寺での、織部法要の武家茶道三派茶会を無事終えた
昨夜の帰宅は二三時、今朝七時までグッスリ眠った
残念というか、無念であったのはその「無事終えた」ことである
即ち、「粗相」の場面が無かったのだ

茶会に向けての稽古では、粗相への対応をあれほど念入りに幾度も行ったのに・・
幸か不幸か、その稽古の出来映えを披露する場面が無かった
私は、何かひとつでも「粗相」があって欲しかったのが本音であった
終わった後で、そのことを云うと、点前を担当した卒塾者の方が曰く
「そう云ってもらっておれば、ワザと茶巾を落とすか茶筅を倒したのに」
打ち上げの酒を一杯飲みながらの余裕顔で、ノタマッタのである
奈良に戻ると、卒塾者の奥方衆が「タラ鍋」を用意して待っておられたのだ

昨日は四時半起きの六時出発だったので、ブログは数行で時間切れとなった
カレーに生卵を入れないという江戸の御仁に対し、「物の食し方を知らないね」と私
すると、「蕎麦に青ネギを入れる方々に云われたくない」という車中論争の話であった
さてである、「タラ鍋」のタレの取り碗、その江戸育ちの御仁、あろうことか
碗にポン酢を注ぎ、「青ネギ」をシッカリ入れていなさったのである
江戸では、かつおのタタキも濃い口醤油にワサビで、ポン酢なんぞは使わない
と、まあ、おぬかしノタマワレておられたのに・・

そしてもう一つ、茶会には「ごんぎつね」はんが覗きに現れた
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