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金柑、「キンカン皮食うて実放せ」の果実である

江戸時代後期に清国の船が遭難死清水の港に避難した時のこと
御礼にと、清の乗組員が金柑の砂糖漬けを渡したという
その種を植え育てたのが始まりということになっている
然し、大いに疑問が浮かぶところである
何故なら、織田信長の明智光秀への言葉、「この金柑頭」
つまり、清国船の話より、三百年位も前の話になる

明智光秀は本能寺で信長を討った後、秀吉に山崎の戦いで敗れる
その最期は山城の伏見辺りで落ち武者狩りの土民の竹槍で果てたとか

今日は今から大阪赤十字病院まで行くことになっているので中断する
昨日はは奈良西中央病院であった
診察券が増えた

大阪から帰宅
七年前に奈良済生会病院で蓄膿の手術を受けたが患部を開けると違った
脳みそと眼球の隙間に根をもつ腫瘍と分かり、大阪赤十字病院に回される
鼻孔の奥の骨を削り、腫瘍の大部分を除去したものの、根の部分は取れずのまま
眼球か脳みそに傷がつく恐れありで、悪性になるかどうか後の様子見という話となる
昨年末頃から洟に血が滲み、検査に行くと、腫瘍が立派に再生しているとのこと

広島大学医学部出という主治医、我が宗家と同じ町内育ちという心安さの所為か、曰く
「七年前より、内視鏡センサー手術の技術が進んじょるで、今は除去が可能なんじゃが・・
まま、眼球か左脳に傷が付く心配は全く無いとは云えんが・・如何しんさる?」
私は応えて曰く、「まあ、やってみてくんさい、もう、生き死にはええけぇ」
来月、再度の検査で、どうするか決めるということになった
今日はもう、光秀の怪奇話の書き込みは止めにする
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