2014.02.12 百円ショップ
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百円紙幣、昭和二十八年発行・同四十九年支払停止、表は板垣退助肖像・裏は国会議事堂
私には身近な紙幣であったが、子供の頃はなかなか手に出来ない金額であった

広島話になるが、私は流通業に身を置いていたことで、二つの企業の想い出がある
一つは百円ショップとして国内外に3千店余りの店舗展開をする「ダイソー」の大創産業
もう一つが衣料ショップとして、これまた世界展開をする「ユニクロ」のファーストリテイリング
共に広島が発祥の地であり、私はその発祥当初のこどで少々の想い出を持つということだ

ダイソーの創業社長は矢野 博丈(やの ひろたけ)、旧姓は栗原五郎
学生結婚をした妻の実家であるハマチ養殖業を継ぐが、失敗して借金を背負う
妻と子を抱え、職を流転していた中で、移動販売の露店に巡り会い「百円均一」を始める
当時は「百均」という云い名で、スーパーマーケットの店頭や駐車場で売台を並べていた
それから今に至るまでの矢野社長の話は立志伝中の人物としてアチコチに紹介されている

私の想い出とは、矢野夫婦がトラックに商品を積んで店に来て、店長をしていた私への挨拶
「また、お世話になります、今日はこの辺りで売らせてもらいます」との笑顔の口上だった
御亭主はやり手の「寅さん」を真面目にしたようだが、奥さんは甲斐甲斐しく働いておられた
その夫婦で共に働く姿には、何がしか感じさせられるところがあり、微笑ましくもあった

私も広島を去り、随分経った頃に「百円ショップ・ダイソー」の名を見聞きするようになった
そのダイソーが、あの矢野夫婦が経営するチェーン店の会社であると知るのは、ずっと後である
そして、瞬く間にショッピングセンターの中や街角にも「ダイソー」を見掛けるようになった
私は、広島時代のあのご夫婦の姿が目に浮かび、成功されたのだな、良かったと思ったりした
しかし何年か前のこと、ご夫婦のその後の話を耳にし、何となく悲しい思いにさせられた
店頭の売台に商品を並べる奥さんの姿が目に浮かんだ

話は変わるが、流通業では「売価還元法」という会計処理をする
企業会計は仕入原価と売価との差額を集計して、その期間の損益を計算するのが普通である
しかし、小売業は扱う品目が多いのと、日々仕入と販売が行われるので、売買差益の確認が出来ない
つまり、同じ日に同じ品が何個か売れても、それが同じ仕入価格とは限らないし、確認が難しいのだ
それで、在庫商品をその時の販売価格に還元して評価し、期間の仕入額との差を以って利益率とする
その利益率をもって、期間の販売額に乗じたものを期間の販売利益とする会計方法である
この方法では、在庫の評価を多くすること、つまり在庫価格のサジ加減ひとつで利益操作が出来る

百円ショップでは販売価格が「百円」均一なので、在庫数量だけとなり、商品価格の加減は出来ない
恐らくだが、百円で売るにはその仕入れ価格を八十円以下にしないと店舗利益は上がらないであろう
その仕入れ価格を実現するには、大量購入を背景に海外での低価格買い付けをすることになるだろう
数店舗程度の安売りには、バッタもの、即ち倒産商品の買い叩き手法もあるが、多店舗では無理である
更に恐らくだが、海外からの大量買い付けは在庫多寡が常態化し、不良在庫も多いと思われる

その在庫多寡の対策として、在庫センター当りの多店舗展開を進めざるを得ない、経営の理である
それでも円高の環境なら、少々の不良在庫も揉み消されたであろうが、円安になるとそうはならない
不良在庫を抱えた在庫多寡状態は、売価還元法では利益計上の背景となったであろうが、円安である
つまり仕入原価が向上する中での在庫多寡は、百円均一売価商法の先行きを危うくすると思われる

あの奥さん、どうされているのかなと、思いが過る
「ユニクロ」の想い出話は次にまた

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