2014.03.03 炭のこと
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池田炭を持参、炭切り・炭割り稽古をする御婦人
写真は炭割り、つまり割毬杖(わりぎっちょう)を作っているところ

炭切り稽古をしたいと申し出があった当流の御婦人
五キロの池田炭を抱いての来訪であった、バス・地下鉄・近鉄を乗り継いでのこと
熱心というか、健気というか、中々の心意気、私は受けて立ったのである
持参の炭を新聞紙に出して並べてみると、無残というか、哀れというか、可愛そうな話
太さが四寸(一二センチ)もあるもの、一寸にも満たないもの、曲がりもの、節くれもの
炭切り研修を主催した池田市の面々云わずもがな、講習の茶の先生は炭焼の現場現実に疎く
炭焼きの人は茶に疎く、悪気なく三者其々に話を勝手読みしたのだろうと思うところである

取り敢えず、使える状態に炭を切り、炭を割り、炭点前の用意を間に合わせた
私が作業をして見せるのと、二年目の塾生が「いつもこうして切ってもらっていたのですか」
その塾生、何も思わず消耗品感覚で炭を使っていたことに、何らかの思いが過ったようである
御婦人が自分が切り割った炭で、炭点前をした、我が家では珍しい女炭点前に皆は興味津々
彼女曰く「置く炭其々に、切り難かったあの炭、節くれたこの炭と、一個一個に思いがこもる」
私は嬉しくなった、大量生産・大量消費の文明観の中にあって、燃えていく一個の炭に心を置く
文明感覚と文化感覚の違いと云えば良いのでのであろうか、些か大袈裟であるが・・
まま、今回の炭きり稽古、其々の人達に何かが伝わったものと私は思った次第

この炭は形は不良であるが、生まれは育ちはさすがに池田炭である
一度の炭点前て五時間の茶の稽古が出来た、それに久しぶりの釜鳴りを聞き、皆は感動
これまでの稽古で使っていた「四〇年来の田舎炭」は一時間一点前で燃え尽きたものである
「火相・湯相」「ひそう・ひあい、ゆそう・ゆあい」ということが分かってもらえたようだ
釜鳴りのこと、茶書に曰く

>湯の沸きかげんのこと。「ゆあい」ともいう。「一座一会の心、只この火相・湯相のみなり。」とあり、茶の湯では湯を沸かすための火の興り具合(火相)、湯の沸き具合(湯相)に特に気を配らなければならないとされ、抹茶ことに濃茶を立てるのに適当な温度は、茶の味や香りを損じやすい沸騰の頂点ではなく、それを過ぎて、少し下り坂の煮え加減の時、あるいは沸騰の一歩手前の時で、この時の釜の煮え音を「松風」という。茶事においては、この湯相が最も適当な「松風」の時に濃茶点前ができるように、炭の加減(火相)が考えられ、炭点前が決められている。湯相を「蚯音(きゅうおん)」「蟹眼(かいがん)」「連珠(れんじゅ)」「魚目(ぎょもく)」「松風(しょうふう)」の五つに分けて「松風」をよしとしたとされる< 
、とある

松風は松籟(しょうらい)ともいわれているようだ、蚯音とはミミズの鳴き声のこと
だが、私は実際のミミズの鳴き声というのは未だ聞いたことはない
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