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桜草(サクラソウ)日本の固有種、隣家の奥さんが園芸好きで種から育て、苗をご近所に配った
それ故、我が家の町内班の庭先、玄関、塀の上と桜草が満開の花盛り、あちことから香りが漂う

この桜草、朝鮮半島や満州でも見られたらしいが、彼の地では野生の群落は見られないとか
桜草の花言葉は何故か沢山だ、希望」「かわいい」「少女の愛」「初恋」「少年時代の希望」「あこがれ」
「青春の歓びと悲しみ」「青春の始まりと悲しみ」「若い時代と苦悩」「幼い時の悲しみ」とある
もう私には遠い過去の話

桜といえば、連想されるのは「大和男児」そして「武士道」があるようだ
その「武士道」に対するものとして西洋の「騎士道」がよく引き合いに出される
前の記事にした鈴木勘太郎日本国首相からの米国ルーズベルト大統領への弔電に対し
ドイツの文豪トーマス・マンが、次の様にように語った話

「・・あの東洋の国日本には、今なお「騎士道精神」と、人間の品位に対する感覚が存在しています。
死に対する畏敬の念と、偉大なるものに対する畏敬の念とが存在しています。」とか云々

その西洋騎士道の源流が今お取込み中の「ウクライナ」であることを知る人は少ないようだ
アジア系遊牧民族、サルマタイ人の行動規範がその元となっていると云う話である

>紀元前五世紀頃、ユーラシアのステップにおいて、西にスキタイ人、その東にサルマタイ人、その東方にサカ人が暮らしていた。サルマタイ人は、紀元前3世紀頃、西方の南ウクライナ(黒海北岸)に移動し、四世紀頃、フン族とともに西ヨーロッパになだれ込んでゴート族を脅かし、民族大移動を起こした。その後に、スラヴ人の南下と東方からの遊牧民の侵入により衰退し、散り散りとなった。
一〇世紀にポーランド人が、サルマタイ文化を真似る程に影響を遺した。ポーランド・リトアニア共和国の貴族階級は、自らの祖先をステップの武人であった東方のサルマタイ人だとする「サルマタイ人起源説」に基づき、サルマティズムと呼ばれる独自の東方趣味や貴族文化を花開かせた。現在、コーカサス山脈に住む少数民族のオセット人は、サルマタイ人の末裔だと言われている。
また、ブリテン島に伝わる、アーサー王伝説は、この地に派遣されたサルマタイ人の伝説が起源だという説がある。なぜなら、帝政ローマ時代のブリテン島には多くのサルマタイ人が駐屯していて、彼らは自分たちの伝説や神話を持ちこんだとされる。事実、アーサー王伝説のストーリーの一部はサルマタイ神話と奇妙なほど酷似している。<、とのこと

このころからスラブ(ロシア)人のウクライナへの空き巣狙い的侵入が始まっていたのである
サルマタイ人の戦士が欧州各地を転戦している隙に、その母屋に入り込むというケシカラン話
欧州各地に散りじりとなったサルマタイ人戦士のY遺伝子と行動規範が今も欧州に受け継がれている
このロシア人のやり方は、日本の北方領土・千島列島への終戦後の侵入侵略と同じ心根である
米国騎兵隊がインディアン(ネイティブアメリカン)戦士の出陣した留守部落を襲撃した戦法と同様だ
(先の大戦で、日本の一般住宅都市への深夜の大空襲で女子供を焼き殺す米軍の戦法も同じである)


ともかくも、欧州騎士団がウクライナをスラブ・ロシア人から守るのは、歴史の必然である、
ついでながら、サルマタイ戦士の一騎討ちには槍矛弓矢は用いず、長剣を使用したという、
何やらサムライを思わせる



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