2014.04.21 家の伝統文化
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近所の庭の花水木(はなみずき)、満開となっていた

前の記事の稲荷寿しのこと
持って来てくれた幼馴染みは、法連町の佐保田に家があり、常陸神社の参道に面している
彼の家の前には祠があり、昔そこには「のぼりや」という茶店があったとか
まだ法連村と呼ばれていた頃、毎月一九日は村人の宮詣りの日で、茶店では稲荷寿しを出した
建具屋をしていた彼の父親は、その一九日には参拝に訪れる村人の接待をしていたという

時は移り、奈良市と合併した法連村は住宅地化して町になり、いつしか村行事も潰えた
茶店も人が死んで店を閉じ、その跡地を彼の父が譲り受け、仕事場としたのだった
アルミサッシが普及し出してからは、建具の仕事も減り、彼の兄はサッシ屋に転業した
そして、その兄は表通りに店を出し、その屋号を「のぼりや」として一軒を構えた
幼馴染み彼は、ご両親と実家に住んで、建具仕事から大工仕事に転業したのだった

ご両親は、毎月一九日になると「のぼりや」で出していた稲荷寿しを作り、近所に配っていた
六人兄弟の二男である彼は、ご両親亡き後の実家を譲り受け、一九日には稲荷寿しを作る
そして兄弟の家や親戚・知人にその稲荷寿しを配っているのだ、奥さんも大変だろうに・・
私は伝統文化というのは、その家の中の仕来たりを守っていく、そういうことだろうと思う
その大きな稲荷寿しを見ていると、私も子供の頃にご馳走になった想い出がよみがえる
そして、かつての法連村の人々の息遣いまでが偲ばれてくる

どういう訳か、畿内は稲荷寿司が三角形、おにぎりは俵形、関東はその逆である
何故なのか、いつか調べてみたい
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