2013.05.13 三配り
 流祖法要茶会が大徳寺であり、新人達三人と大学教授や囲碁仲間、他流の茶人等
九人と共に客として参列する
二〇年近く、お迎えする側として濃茶・薄茶の茶席や水屋の切り盛りをして来たが、
客として席入りすることは余りないので、新鮮であり、感じさせられるものがあった
目線の高さを客の坐りにしてモノを見るということが、良く理解でした
道具の場所と置き方、客席の組み方、お運びの足さばき、立ち座り、視線と表情
そして何より、席の流れと三配り、つまり目配り、手配り、気配りである
稽古の時、客畳に坐して人の稽古を見ると、アラが良く目に付くのと同じである

 よく、お茶の心は「おもてなしの心」と云われることがある
私は、その考えに与みするところでないが、「三配り」の考えには与みする
語弊承知で云えば、料理旅館の女将の研修と茶の湯を一緒する気は毛頭ない
考えてもみれば、信長・秀吉が「おもてなしの心」で茶を点てたとは思えない
茶の湯の在り方には、信長・秀吉の功績が誰にも益して大きいと考えている
まぁ、「べきだ」「ねばならない」はともかく、其々が自分の茶をすることが肝要
とは云え、「守・破・離」無き自己流では話にならぬと知るも、これまた肝要である
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