2014.06.05 おくのほそ道
201406050659.jpg
田植えが始まった、五月雨(つゆ)にしっぽり濡れたガクアジサイ(額紫陽花)

ご存じ芭蕉が著した「おくのほそ道」の序
> 月日(つきひ)は百代(はくたい)の過客(かかく)にして
行(ゆ)きかふ年もまた旅人(たびびと)なり
舟の上に生涯(しょうがい)をうかべ
馬の口とらえて老(おい)をむかふるものは
日々(ひび)旅(たび)にして旅(たび)を栖(すみか)とす
古人(こじん)も多く旅(たび)に死(し)せるあり <

鴨長明の「方丈記」の序
>行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし<

吉田兼好の「徒然草」の序
>つれづれなるまゝに、日ぐらし硯に向かひて
心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば
あやしうこそ物狂ほしけれ<

随筆というか旅日記というか、これらの古典文学の序段
何やら共通する日本人の枯れ方を著していうように思える
先の私の書き込み、酔生夢死の老後の有り様より枯れている
どうも酔生夢死の老後とは、唐土の竹林隠遁者の思想に近いようである
唐土の隠者は儒家の偽善性を嫌い、老荘思想を好み酒と音楽を愛したようだ
流祖・上田宗箇の道号は「竹隠」であった、何となく触れ合う心地がする

ここで何も古典文学の論議をする訳でも、持論の擁護をする気でもない
昨日に、卒塾者の方が仙台の「笹かまぼこ」を持って来て下さった
奥方と「おくのほそ道」の二人旅を楽しんで来られたとの由
行かれたという平泉・中尊寺・松島・瑞巌寺は、私の高校修学旅行の道程
ついつい、懐かしく嬉しくなった次第
私達は行くことが出来なかったが、卒塾者ご夫妻は更に足を延ばし

山形の立石寺で・・、閑さや岩にしみ入る蝉の声
最上川(もがみがわ)で・・、五月雨を あつめて早し 最上川

・・と、おくのほそ道で芭蕉の俳諧を味わう旅をされて来られたという
このご夫婦、日本的枯れ方でも唐土の竹隠でもない老後を始めておられる
元々酒を飲まれないお二人、酔生夢死とは真逆のお洒落な生き方だ





スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/362-f95e4220