2014.06.22 親子話
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近鉄電車の駅校内で納まる愛犬「ハナ」、ゲージを開く時は口輪着装のお達しを受けた
車の運転免許を返上した後、犬のゲージと台車を購入してハナとの旅に備えていた
私は子供の頃、犬ぞりに興味を持ち飼っていた紀州犬に自転車を牽かせて遊んだもの
それが、犬を乗せた台車を自分が牽くことになろうとは思いもせなんだ

この土日曜から雨模様の予報なので、車の無い私達は早めに山小屋を引き上げた次第
山小屋には新聞もパソコンも無いので、見るともなくテレビを点けっ放しにしていた
サッカーワールドカップの話ばかりで食傷ぎみの中、二つの親子話が私には印象的であった
一つは札幌のカモの親子の救出話、もう一つは厚木の男児置き去り死亡遺棄の話だ

札幌市内の幹線道路の中央分離帯の緑地に迷い込んだカモ親子を警官が救出とのこと
警官は動こうとしない母カモを手に取り、連れて行くと子カモが付いて来たという話だ
私は、その母カモの母性本能というか、健気な心情を慮り、胸が熱くなった
広い通りで、カラスの攻撃から子カモを守るため分離帯の茂みまで連れて来たらしい

車の通る中、どのように道を渡ったか知らないが、母カモは必死であったことは想像に難くない
そして人間が近付き、我が身に危険が迫ったと悟った時、飛び立てば逃げることが出来た母カモ
それでも子カモの側を離れようとしなかった母カモの心情を思うと、母というものを教えられる
母性本能は生存本能に勝る、つまり種族保存本能とは個体の生死を超越することであろう

方や厚木の人間親子、母親が家出をした後の父親と五歳の幼子の話である
父親は幼子をアパートに監禁し家に帰らす、週に二度ほどパンやむすびを与えていただけという
子は汚れたままの服とおむつを付け、やせ細ってパンやむすびの袋を開ける力も失せていたとか
最後は自分で起き上がることも出来ず、か細い声で「パパ、パパ」と云っていたという
「子供にとって親とは神様以上の存在である」とは、私が幼子を育てている時に聞かされた言葉
その五歳の幼子・斎藤理玖ちゃんの心情を思うと、ただただ、切なく居たたまれなくなる
ついには、そのことを伝えるテレビを消してしまうのであった

然しである
その幼子・理玖ちゃんは死ぬことが自然界の掟だ、と云うと如何であろうか
私は悲しいがそう思っている、と云うより、適者生存の掟が自然の摂理であるということだ

生存環境が厳しかった縄文j時代の遺跡で、体に障害を持った人骨が出ているという
その人間の親、周囲の者が介護し育てらしいと、その遺跡調査の報告がされている
云わんとする話は親子の原点・種族保存の本義である、次回にしたい
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