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雨上がりの公園に「もじずり草」、ラン科、別名「捩花・ねじばな」、花言葉「思慕」
昨年は七月一八日の記事で「もじずり草」を掲載している、同じ場所で咲いていた
草叢や芝地で普通に見られるが、単独栽培は結構難しいようで園芸種は見ない

「もじずり」という名を調べてみた、
現在の福島県信夫(しのぶ)地方で作られていた、摺り衣(すりごろも)のことだとか
摺り衣は忍草(しのぶぐさ)の汁を、模様のある石の上で布に擦りつけて染める
この「しのぶもぢずり」を作るのに使った「文知摺石」は、今も福島県信夫郡に残る
産地の信夫或いは忍草から「しのぶもじずり」と呼ばれ「偲ぶ恋」に詠われたという

陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 誰(たれ)ゆゑに
     乱れそめにし われならなくに  (古今集)

嵯峨天皇十二男、源融(みなもとのとおる)が陸奥に赴任、そこで「トラ」という娘を知る
二人は恋仲になるが、やがて源融は都へ戻ることになり、トラは残される(捨てられる?)
トラは融恋しさで、文知摺石を麦草で磨き、ついに融の面影を石に映し出すことができた
が、このとき既にトラは精魂尽き果てており、ついに身をやつして果てたという

上の歌は、都に戻った源融が陸奥の国とトラという娘を偲んで詠んだ歌とか・・
その現代語訳とは

「陸奥で織られる「しのぶもじずり」の摺り衣の模様のように、
 乱れる私の心。いったい誰のせいでしょう
私のせいではないのに(あなたのせいですよ) 」

・・あほらし
都会の坊ちゃんが田舎で田舎娘を手懐けて、そして捨てて帰っただけの話
この源融は源氏物語の「光源氏」のモデルとして有名であり
かの色男貴種、在原業平の生き方にも影響を与えたとか、(伊勢物語)
然し乍ら、源融は嵯峨源氏として、その子孫は各地で源氏武士の名を残す

トラさんの「思慕」、文知摺(もじずり)哀れ・・

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