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毎日の炎天下で元気なのは「百日紅・サルスベリ」である、秋篠川畔は「夏枯れ」の状態
近所の庭や公園に咲いているのは殆どが「洋花」ばかり、和花は見掛けない
百日紅も、百日咲き続けている花ではなく、中で次々と花が生え変わっているらしい
サルスベリとは幹がすべすべしていて猿も滑るとかでいうらしいが、原産地は唐土南部
花言葉は「不在の友を思う・友への思い・絆・幸福」、昨夏も大和文華館の百日紅を掲載した

一昨日に大阪まで出掛けた先で、私のブログを見てくれているという女性と話す
女性曰く、「ふんどしの記事は嫌です、拍手は入れずにブログを消しました」、不興を買うた
何かふんどしを不浄、或いは下ネタ話と受け止められたキライガあったようだ
そこで私は、そこの事務所の男性に「ふんどしを締め直す」という言葉を知っているか聞く
男性は知っていると答え、件の女性も「私も言葉だけなら・・、具体的には」と頬を染める

何のことはない、二人とも「弛んだふんどしを締め直す」と理解しているようであった
私が、先の大戦中、米軍が写真に撮った戦場で戦士した日本兵の姿が残されている
その多くの日本兵がズボンのずれ落ちた姿であることを云うと、知らないようであった
弾に当ったり、傷を受けてもすぐには死なない、痛みと苦しみでのたうちながら死んで逝く
死因の殆どは出血多量であり、体内の水分が抜けると腹や尻がすぼむことになる
それ故、のたうち回る間にズボンやふんどしがずれ落ちることになるという現実である

近代以前は槍や矢、刀剣で傷を受け出血多量で死んで逝くのが戦場の常であった
腹や尻がへこんで死ぬにも、ふんどしがずれ落ちないように気遣うのが武士のタシナミ
そこで、ふんどしの締め方を平時と違う戦時の様に、肩からタスキに締め直したのである
従って、弛んだふんどしを締め直すのではなく、戦時のふんどしに締め直すことをいう
ふんどし一つにも日本の歴史と文化があるのだと講釈をタレ、その場からおもむろに去る

それで気付いたのだが、ふんどしと茶の湯には面白い共通項がある
武将茶人の細川三斎が越中ふんどしの考案者云々はともかくとして
実は、相撲のふんどし、いわゆるマワシ(廻し)と茶の湯で使う「帛紗・ふくさ」は洗わない
「ふくさ」の本字は「不洗絹」である、綺麗にする時は刷毛や布で拭き取るだけだ
不洗の本旨は、洗濯するほど不浄になれば、それは捨てて新しき物に替えよと理解する
相撲ふんどし、「マワシ」も同じで、汚れを拭き取った後は干すだけで、不浄になれば替える

「ふくさ」も相撲取りのふんどしも、各々の自前であることがミソ、というか救われるところ
私の高校時代の相撲部には、部の共通ふんどしがあるだけで自前のふんどしは無かった
いくら汚れを拭き取り、干して置いたとしても、インキンタムシには勝てなかった・・
四月に入部して、百日紅の季節になるとタムシも活発になり、お蔭で全員の股グラが痒くなる
あの痒さというたら、その・・これ以上云うと、件の女性に「マタゾロ」嫌われるので止める

 茶杓拭く 不洗絹眺めつ 百日紅 股の痒みの 懐かしくあり 

 ・・風翁
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