2014.08.15 敗戦責任
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曰く「戦犯」として、シナ兵の公開銃殺に処せられる日本兵

六十九年前の今日も、暑く蝉の音が喧しい日中であった
正午に、昭和天皇のポツダム宣言受諾のの玉音放送が流された
終戦と云う名の「敗戦」である、そして「戦争責任」とやらの摘発がされる
連合軍の一方的な、かつ事後法で「戦犯」が裁かれ、千余人の日本人が処刑された
外地の収監所では、死刑宣告を受けた日本人が拷問を受けて死ぬ者もあったと聞く

今年も天皇陛下の靖国参拝はなかった
「戦犯」が合祀されているから云々という話はあるが、陛下のお言葉は耳にしない
私は、今上天皇はともかくも、昭和天皇には靖国神社の参拝を賜わりたかった

一方的な連合軍の裁判に東南アジア各国では日本兵に同情する住民も多かった
昭和二十八年八月三日、衆議院本会議「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」
これは、自由党・改進党・左右両派日本社会党との全会一致の可決であった
「戦犯」釈放要請の署名は四千万を超えた、当時の日本の人口は約九千万人

然しながら、一つ大事なことが抜けた
それは日本人自らの手による「敗戦責任」の追及である、

戦後のこと、「醤油組」の自慢がはこびった
つまり、醤油を飲んで似非病気になり、兵役を逃れたという「自慢話」である
同様に、国民全体の金属供出運動の中にあって、我が家では上手く隠したという話
そういう人達の話・声が「自慢話」として賛美される風潮が世の中に蔓延した
家宝の刀まで供出した人達の思い、忸怩たるものがあったろうが、声にはならなかった

「敗戦責任」、何としても日本人の中で総括しておくべきものであろう
それにつけても、つくづく思うは南方諸島で戦った日本軍将兵
武器・弾薬、水・食糧が欠乏する極限の環境にありながら、日本人の民族的美質を見せた
私は英霊に対し、感謝と尊崇の念を持つ

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