2014.08.23 親の背中
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我が家の玄関横のモチの木に添って百合が花を付けた、高さは二メートルを優に超える
根元にある黒茶に枯れた四・五〇センチ程の二本の枝はこの親百合である、
何処から来たのか、去年枝葉を付けたので時に水をやり、花の咲くのを楽しみにしていた
やがて、楚々とした可愛い花を付けたので嬉しくなり、枯れても切らずにそのままにしていた

すると今年も親株の背元から芽を出したので、また嬉しくなり水やりをして水生養分も挿した
茎や葉はドンドン成長し、ニメートルを超えるまでになったのだが、花どころか蕾も付けない
近所の百合はすでに花が咲いている、どうもこれは違う植物だったかと気分が暗くなった頃
枝のテッペンに,,モチの木に隠れながらも沢山の蕾らしきものが出ているのに気が付いた
あれれと思っていると、ポツリポツリと白百合が見事に花を付けてくれ、う~むと唸ったのだ
見上げて見る白百合は初めてではあるが、嬉しくなった、(正にメグ・カナ百合である)
実は、このところの女子バレーボール世界大会のテレビ放映で、メグ・カナがゲスト出演していた

然し、これはどういうことであろうか、親株は普通サイズのものながら、この子供株
突然変異というか、枯れた親株をはるか足もとに見下ろして花を付けるまでに成長した
私は、何故か中学時代の学級担任であった女性教師の言葉が脳裏に蘇った
確かホームルームの時間のことだと記憶する、何故勉強が必要かと云う話だったと思う

「勉強は自分のためにだけするのではありません、あなた方の子供のためにやるものです」
「子供は親の背中から育ちます、子供の踏む台になれる大きな背中を作る為に勉強して下さい」

この言葉、妙に私に印象に残ったのであり、一言一句、記憶を間違えていないように思う
その女先生は、広島女子高等師範学校の出身者であり、広島で被爆されていた
広島女子高等師範学校は、お茶の水、・奈良の女子高等師範に次ぐ第三の女子高等師範学校
そして、最後の女子高等師範学校であった、 その沿革を載せる

広島女子高等師範学校1944年(昭和19年)12月 - 広島女子高等師範学校の設置申請が閣議で受理。
1945年(昭和20年) 3月31日 - 財団法人山中高等女学校解散。(私立)山中高等女学校廃止。
4月1日 - 広島女子高等師範学校および広島女子高等師範学校附属山中高等女学校が設立。
7月21日 - 女高師入学式。
8月6日 - 原爆投下により校舎焼失、生徒教職員多数が被爆死。
11月6日 - 慰霊祭挙行。

1949年(昭和24年)5月31日 - 広島大学に包括され広島大学広島女子高等師範学校と改称。
1951年(昭和26年)3月 - 附属山中高女廃止。
1952年(昭和27年)3月 - 最後の卒業式。広島女高師廃止。


入学式から二十日足らずでの原爆被災、校舎焼失、生徒教職員多数が被爆死
先日からの広島報道のためか、親の背株から出た背高白百合を見ていて恩師の言葉が想い出された
不肖の弟子(教え子)の私は、まともな背中を作ることが叶わなかったが・・
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