http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140825-00000039-mai-soci.view-000#contents-body
このサイトをカーソルでなぞって右クリック、google検索してもらいたい
すると、<広島土砂災害>殺処分寸前だった救助犬「夢之丞」1人発見>と出る
更に、「全文を見る」を開いてもらうと仔犬の写真が出る、「夢之丞」の写真である
毎日新聞社提供のyahooニュースでは、写真が転載できないのでこんな形にした
保健所で殺処分されかけていた仔犬が貰われ、救助犬として育ち活躍している話だ

私はこの「夢之丞」と全く同じ表情、眼つき・顔つき・体つきの仔犬を知っている
「夢之丞」と同じ広島保健所で数匹の犬と共に檻の中に容れられた黒い仔犬だった
もう四〇年余り前のこと、私の結婚間もない、つまり新婚時代のことである
当時の私は外食事業や生鮮食品を扱う仕事をしており、勤務時間が長く不規則だった
京都から広島まで来てくれた女房は、こちらに親類や友人の一人も居なかった
言葉にも馴染めず、人付き合いが上手く出来ない女房はホームシックに陥っていた

そんなある日、訪れた広島保健所で見たのが、今から殺処分される犬たちであった
私は可哀そうというか切なくて、犬たちを捨てた元の飼い主に腹立たしくなった
その時、一匹の黒い仔犬私を見てくれていた、色は違うが写真の「夢之丞」そのものだった
帰るに帰れなくなった私は、女房のことも頭に浮かんで、その仔犬を貰って帰ることにした

ジャンバーの懐に入れてバスに乗り、家に帰って女房に見せると正に破顔一笑、喜んでくれた
その仔犬は男の子だったので「ごん」と名付けた、「ごん」は私たちによく懐き、すくすく育った
十ヶ月くらい経った頃から、外の気配に咆えるようになった、主人に危険を知らせているのだ
すると、夜間に「犬の声がうるさい」との女声の電話が何度も入り、聞いても名乗らないのである
私は夜勤も多いため、一人で居る女房は夜には「ごん」を布団に容れ、口を押えて寝る日が続いた
電話の声で、その相手は略見当が付いていると女房は云う、妙な集まりをする中心人物だとか
女房もその「妙な集まり」に誘われているが、参加しないので「イジメ」にあっているらしかった

私がまともに家に帰っている人間なら、相手の家に行き旦那も交えて「話を付ける」のは吝かでない
しかし、家にいることが少なく、近所にはその「妙な集まり」の仲間衆も多いと聞かされている
ホームシックになり、神経が細くなっている女房のことを思うと、私が一戦を交える訳には行かない
私と女房で話し合った結果、「ごん」も大きくなったので山中で一人で暮らせるだろうということにした
明くる日、大きなむすび二つと水を持ち、私は「ごん」を連れ裏山のもう一つ向うの山の奥まで行った
水を置き、むすびを食べさせている間に、私はこっそりとそこを離れ後は走って帰った、目が潤んだ

それから三日後のこと、夜勤明けの私が家で寝ていると、「あ、ごん」と女房の声である
三日も掛けて、あの山の奥から道や橋・川を彷徨いながら帰って来たのであろう、思わず抱きしめた
私達夫婦は「ごん」を抱き、撫でながらひとつの決意をしたのだった、「やはり、保健所に頼もう」と
保健所が引き取りに来るその日、私は仕事を休み家にいた、女房は色々「ごん」に食べさせていた
やがて保健所の人が来たので、私は「ごん」を鎖につなぎ、道端まで連れて行き、引き渡した
「ごん」は車に乗せられ去って行った、私は涙が止まらす、家に戻ると一升瓶を抱え込んだ

その日一晩中、涙が止まらず一升瓶を一本以上空けたが酔えない、女房も涙ぐんだままだった
次の日、近隣の件の女性を見掛けた時、私はすごい形相で彼女を睨みつけた、彼女は怯んだ
保健所の殺処分をうける犬たちを見て、私は飼い主を恨んだものだが、自分もそうなったのだ
今頃になって女房殿が云うには、「結婚してあなたの涙を見たのは、あの時だけ」、とか

「ごん」が去って、しばらくした頃、女房殿が懐妊した、私たちは「ごん」が帰った来たのかと思った
「夢之丞」の写真に「ごん」を思い出して胸が熱くなり、昨日書きかけた指が止まって寝てしまった
先の記事にもしたが、私達の新婚生活は、広島の土砂崩れの被災地となったところである
救助犬「夢之丞」は、その地で活躍している由、あの世に居る「ごん」に代わっても頑張ってもらいたい
例え、小意地の悪い地区住民が未だ居てるとしても
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