2014.08.30 葵Ⅳ・和三盆
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近所の庭のオクラ(okra)、和名「秋葵」オクラと読ます、アオイ科、木槿や扶桑の仲間
さすがアメリカ芙蓉の親種、立派な花を開かせた後、これまた立派な実がそそり立つ
以前、私はオクラとは下向きにぶら下がっているものとばかり思い込んでいた

葵Ⅲが「水戸黄門の印籠」なら、葵Ⅳは「暴れん坊将軍・吉宗」にならざるを得ない
ご存知の様に吉宗は、紀州徳川家の四男に生まれながら兄達の死で紀州藩主となる
更に、七代将軍家継の死で、徳川宗家に入り八代将軍となって、享保の改革を実行
政治改革に財政復興、大岡越前の登用や小石川養生所の設立、目安箱の設置云々
多くの功績を遺した将軍として有名であるが、実は茶の湯の世界にも功績を遺したのだ

和菓子、ことに茶菓子に使われる高品質砂糖・和三盆(わさんぼん)のこと
香川県や徳島県などの四国東部で伝統的に生産されている砂糖の一種
まろやかな独特の風味を持ち、細やかな粒子と口溶けの良さが特徴である
盆の上で砂糖を三度「研ぐ」」という日本独自の精糖工法がその名の由来だ

古来、日本では唐土の糖が知られていたが、国内で糖の生産はなかったとされる
江戸期には、唐船とオランダ船が舶載してくる輸入砂糖が高価なものとしてあった
薩摩藩が琉球支配をしてから奄美大島・徳之島・喜界島や琉球産の黒砂糖が来た
砂糖の元となるサトウキビの栽培地は南西諸島に限られ、日本本土に無かった
作られる砂糖も黒砂糖が一般的であった

やがて、吉宗が享保の改革で全国にサトウキビの栽培を奨励することになる
高松藩がこれに呼応、その後、徳島藩でもサトウキビが育てられるようになる
しかし、精糖の方法については不明だったため、他国における情報を収集したとか
やがて日本独自の精糖工法を確立させた、それが和三盆(わさんぼん)である
徳島県のものを阿波和三盆糖、香川県のものを讃岐和三盆糖と呼ぶ

和三盆は貴重な特産品として全国へ出され、和菓子や郷土菓子の発展に貢献
倹約将軍で有名であった暴れん坊将軍吉宗、酸いも甘いも分かっていたようだ
さて、次回の稽古、茶菓子は落雁(らくがん)にしよう、「かえる庵」さんにもらった(^^)
「葵」シリーズ、これにて終り






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