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青々とした田圃に稲穂が付き出した、もうすぐ一面が茶緑になるだろう

奈良の米は「ヒノヒカリ」という品種で、どちらかと云うと晩穫である
伊賀の里では「コシヒカリ」がたわわに実り、刈り入れ間近になっている
考えてみると、稲作への日本人の脈々と続く努力は素晴らしいものがある
稲は揚子江河口、或いは東南アジアが原産地といわれる亜熱帯の植物
それを北海道という寒冷地まで稲作を広げた我々の祖先には頭が下がる
まさに、「実るほど 頭(こうべ)を垂れる 稲穂かな」、である

今朝の新聞に大きく載せられているのはテニスの錦織選手である
名のあるテニスの世界大会で準決勝まで進んだのは九十六年ぶりとか
その日本人選手とは「清水善造」、「ウィンブルドン庭球世界大会」のこと
当時のウインブルドン大会は、囲碁の名人戦のような仕組みになっていた
その大会の優勝者が、前大会のタイトル保持者(名人?)への挑戦権を得る
つまり、その大会の優勝戦とは、実質的には準決勝ということになる

先回のブログ記事で、高校軟式野球の準決勝が世間に感動を与えた話を書いた
この九十六年前のウインブルドン大会での清水善造選手も世界に感動を与えたのだ
私の中学の教科書では、その話が掲載されていたが、何故か今は無いらしい(日教組?)
清水の決勝戦(準決勝?)の相手は米国選手で、清水とは体格差があった
小柄な清水が押されていた試合であったが、相手選手がすべってコケた時のことである
清水は緩い球を打ち、起き上がった相手は其の球を強烈に打ち返して点をとる
次のサーブを打つ相手は観客席を指す、観客は清水のプレーに拍手を送っていた

教科書では上の話だけであったが、今一つ先生から教えられた話が私の記憶に残る
どの大会であったは定かでないが、やはり決勝か準決勝戦の最終セットでの話である
清水の放ったサーブを相手が見送った、負けを認めた相手が清水に握手を求めに来た
その時、審判はフォルトを宣言、つまり清水のサーブが線を外れたと判定したのだった
話は、その判定に対する当の二人の選手の態度である

清水は判定を認めようとしたが、相手選手はオンライン、入っていたと主張したのだった
判定は覆らず再開されたが、次の清水の球を相手はネットに打ち返し、清水の点とした
結果的には、その試合は清水が負け、相手は次の決勝戦(名人戦?)も勝ち、王者となる
なるほどに、日本に武士道があるように、欧米には騎士道があると、その話に私は感銘した
更に続く話が、審判団にアジア人が優勝することを好ましく思わない空気があったとか
テニスとは、欧米白人キリスト教徒の高貴なスポーツという概念があったとか何とか・・
今でいうテニスの世界ランキング、清水善造は四位にランクされた

因みに、オリンピックでの最初の日本人メダリストは、一九二〇年のアントワープ大会
競技はテニスである、シングルで熊谷一弥が銀、ダブルスで熊谷と栢尾誠一郎が銀
ともあれ、高校軟式野球の準決勝同様、錦織圭選手の準決勝戦に感動を期する
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