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モーゼル川、河畔のブドウ畑に囲まれた村の風景、川に沿,う線路(写真右端)

 ヨーロッパ旅日記 (平成十一年)

五月九日(日)

朝五時起床。みち子さんは既に起きていて旅支度中であった。娘の送りで家を出て、学園前六時二〇分発空港バスで関空へ向かう。ルフトハンザの窓口で搭乗手続きを済ませて朝食をとる。出国手続きをして、五万円をマルクに両替し(一マルク七二円)九時四〇分発LH七四一便に搭乗する。

去年は結婚二五周年ということで、どこかに行くつもりであったが、母親の看病が長引き、そのままになっていた。今年に入って人の奨めもあり、小生が職を退いたのを期に、ヨーロッパ夫婦二人旅に出かけることにした。
みち子さんは夢がかなったと喜んでいる。

所要時間一一時間余、快適な飛行であった。バルチック海上空を経て、予定より一時間ほど早くフランクフルト着。現地時間一四時(時差七時間)。手荷物受取場が分かりにくく、探し回る。やっとのことで荷物を受け取り、検査カウンターに行くと、担当官がトランクやバッグの中だけでなく土産の包みまで開けろと言う。ムッとする。みち子さんがトイレに行ったが、すぐ戻って来て、トイレ料金〇.六マルクが要ると言って持って行く。用を足して出て来たみち子さんは手を洗っていないと言う。手を洗うのに更に〇.二マルク要る、と言われたとのこと、暫し唖然。


列車に乗り換えるため、今度はDB(ドイツ鉄道)センターを探して行ったり来たりする。途中、みち子さんが若い日本人カップルから成田に帰るにはどこへ行けば良いか、と尋ねられたが、急ぐからと振り切る。相手の女性は必死の形相であったらしい。何とかDBセンターに辿り着き、ユーロパスにスタンプをもらう。漸くのことで当該列車のホームに立つ。

一五時〇三分発の特急に乗車。ホームが低く列車のデッキにタラップを踏んで上がる。六人掛のコンパートメントルームに二人で座る。この旅行はヨーロッパの列車を楽しむため全てファーストクラスにした。マインツを過ぎ、車窓の右手にライン河の景色が展開する。ライン河に沿って走るこの線は小生が二〇年前にチューリッヒからジュッセンドルフに向かった時に一度通っている。二〇年前のその日は小雨模様であったが、本日は快晴で視界は良好。大小の古城が車窓に現れては消えて行く。

ローレライを過ぎて暫らくした一六時一〇分頃、コブレンツに着き下車。近くの人にモーゼル川に向かう列車を訊き、示された列車に乗り換える。念のため車内の人々にモーゼルに行く列車かと確かめると、モーゼル行きは向こう側のトラックだ、と言って外を指差す。発車寸前であったため荷物を抱えて慌ててタラップを降りる。車両の窓から幾つもの顔がこちらを覗いていた。プラットホームを示すのにトラックと呼ぶ。時刻表の看板に予定していた列車の記載がないので、周りの人に尋ねると、ドイツ語、英語、フランス語、日本語が入り乱れる状態になった。ともあれ、一七時一五分発ザールブルッケン行きの特急に乗る。

列車はモーゼル川を山峡沿いに上がって行く。その景色はライン本流に比べ小ぶりであるが、河畔には教会を中心にした絵本のような村々が点在していて美しい。所々で山肌に築かれた砦のような古城が見え隠れする。みち子さんはメルヘンチックだと言いながら眺めていた。

ドイツの駅は改札口がなく、ホームへは自由に出入りができ、駅員も少ない。構内放送も殆どなく、ホームのベルも耳にしない。発車時刻が来ると動き、駅に着くと停まる。粛然としたものである。座席に停車駅の発着案内のパンフレットが置かれてあって車内放送は次の駅を一言告げるだけである。無駄口がなく心地よい。効率の美を感じる。ただ、車両の扉が閉まる時は自動で、開く時は手動のため降りる時に戸惑った。

約一時間でウィトリッチに着く。プラットホームの最後尾に降り立つとそこは長閑な田舎駅であった。少ない降車客の人影が消えていく中、ホームを歩いて行くと向こうから若い男性が近づいて来た。知人から紹介を得ていたアントニオ・ナシメントというワインランドの社員であった。彼は二八歳のポルトガル出身の青年で、日本語で書かれた名刺を出し、日本に行ったことがあり、皆にはトニーと呼ばれていると言う。ひと安心で駅を出て彼の車に乗り込む。

二〇分ほど林の中を走ると川沿いの町が見えて来た。町はモーゼル川の両岸を挟み形の良い橋で繋がっている。私達のホテルがあるベルンカステルの町は橋を渡った向こう側であった。人口は千人程度だという小さな町だが、街並みはきれいで石畳の路に瀟洒な建物が並んでいる。そこかしこにお洒落な宿屋といった感じのホテルがある。トニーに訊くと、モーゼルに来る観光客は多く、ドイツ国内の名所であるらしい。日本人は少ないと言う。

一九時位に私達の投宿するPOST・HOTELに着く。白壁に垂木が通った小粋な建物のホテルであった。トニーを夕食に誘うが、母親と約束があるので、お二人でどうぞと言う。そういえば今日は日曜日であった。彼に礼を言い、土産に持ってきた和紙のコースターと箸箱セットを渡して別れる。

部屋は三三四号室である。さほど広くはないが片付いている。リフトのボタンはロビー、1F,2F,3Fとなっていて、どういう訳か、三三四号室は2Fであった。みち子さんは〇階というのがピンとこないと言う。

荷物を置きホテルの外に出る。二〇時を過ぎていたが日本より緯度が高いので外は明るい。ホテルの前の路を馬車が通っていく。カメラを向けると笑顔で手を振ってくれる。散歩がてらにトニーに聞いていたレストランへ向かう。路のすぐ横がモーゼル川の船着き場になっており、スマートな遊覧船が二隻繋がれていた。岸辺に佇むと川面に白鳥が一羽浮かんでおり、こちらに近づいて来る。人に馴れているらしい。

五分足らず歩くと、来る時に渡った橋のたもとに出た。トニーの言う店は橋の前からマーケット広場に通じる路添いにあった。店頭にテーブルが四脚あって二組の男女が何か食べていた。店内に入ると中央がカウンターになっており、中に若い女の子がいた。何か食べたい旨を伝えてみたが、言葉が通じず要領を得ない。店頭のテーブルに座り、隣の客にメニュー書の説明を求める。この店は魚料理が良いと言うので鮭のグリルを二つとサラダを一つ、それと白ワインを頼むことにした。その客が店の女の子に注文をしてくれた。

トニーがいう店は、本当にここなのかと不安がよぎった。暫らく待つと、じゃが芋の蒸したものが一盛りと注文の料理が出てきた。ドイツを実感しながら食う。味はまずまずであった。
食事を終えて、みち子さんがマーケット広場に向かう。小生も供をする。四百年前の姿を留めるという奇麗な建物に囲まれた石畳の小さな広場であった。今も現役の商店が並んでいる。その国の生活文化のレベルは商店街を見れば解かるということが実感させられる。

暮れなずむ広場を後にして、ホテルへ向かう。ヨーロッパ大陸の真中に来ていると思いながら歩く。長かった一日が漸く終わりになる。





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