imagesCA5ROSZ2.jpg
フランス平原の風景

五月十一日(火)

空は晴れていた。九時にチェックアウトを済ます。二人二泊の朝食付きで三五〇マルクだと言う。二万五千円余りである。割安感がする。約束通り、グランバッハ女史が迎えに来てくれ、ウィトリッヒ駅に一〇時前に着く。女史に礼を述べ、小生はカバンを忘れても、貴方の厚意は忘れない、と大真面目に言う。本当に、控えめながら心遣いの行き届いた人であった。

列車が来た。ウィトリッヒ駅一〇時一四分発の特急列車で、トリア駅を経てザールに入り、ザールブルッケンが終着駅になっている。そこでパリ行きの特急に乗り継ぐことになる。モーゼルから列車でフランスに入るこのコースは、日本人は殆ど通らないが一見に値すると、この地を知る日本の知人が薦めてくれたのだ。列車はぶどう畑に囲まれたモーゼルの河谷を走っていく。川幅が徐々に狭くなり、山あいが迫る。一時間程すると山が開け出し、川が運河の形態になってくる。モーゼルを過ぎザールに入った。
 
ザールブルッケンの駅に一一時四二分に着く。次のパリ行き特急列車は、一三時一三分である。時間待ちに駅横のセルフ・レストランに入り、残り少ないマルクでコーラとポテトフライの昼食をとる。レストランの隣の店で、パンとノンガスの水を買いホームに戻る。暫くすると列車が来た。荷物を持って車室に入る。この列車は、フランクフルト発でライン河の本流に沿って上がり、マンへイムを経由してきた本線のパリ行き特急である。


扉が閉まり、程なくしてドイツの検査官が来てパスポートの提示を求める。荷物のチェックはない。一〇分程でフォーバッハという駅に停まった。今度はフランスの検査官が来てパスポートの提示を求める。フランス領である。やはり荷物のチェックはない。簡単な出入国であった。

車窓の外にはフランスのなだらかな丘陵が続き、山影は遠くなっていく。畑地が広がり、所々に牛や羊が群れているのが見える。みち子さんが白い牛だと最初はめずらしがっていたが、見えてくる牛は殆ど白い牛であったため、後では黒い方が牛らしいと言う。牧歌的な風景の中に民家が三々五々点在し視界を過ぎていく。少しまとまった集落には教会が建っているのが見える。モーゼルでもそうであったが黄土色の屋根を持った民家が多く、その濃淡で村全体がカラーコントロールされている様で美しい。ヨーロッパ中世の姿が多分に残されているようであった。

一四時過ぎにメッスの駅に着く。連絡の時間調整のためか一五分少々停車する。小型のトラベルバッグを持った三〇歳前後の女性が部屋に入って来た。私達と会釈を交わし座席番号を見てからドア側の席に就いた。列車が動き始めるとその人は本を取り出し読書に耽りだした。私達は視線を窓に移し、静かに外を眺めていた。都会のためかビルや工場の建物が目についたが、すぐにまた田園風景が現れてきた。列車はフランス平原を西に走り続けている。暫らくすると、辺りにはぶどう畑が多くなってきた。


一五時四五分頃シャンパーニュのシャロン駅に着く。小生は同室の女性にシャンパーニュとはあのシャンペンで有名な所か、と初めて声をかけた。
すると、そうだと言って、読書に耽っていた彼女の寡黙な表情が一変する。明るい口調で喋りだし、自分はパリに住んでいる、広告関係の仕事をしている、ホテルはどこか、私達が日本人だと自分は解る等々が続き、彼女なりのジョークかユーモアなのか何度も自分の話に自分が声を立て笑う。小生には半分も意味が解らないままであった。小生の反応に物足らなさを覚えたのか、携帯電話を持ち出し誰かと話を始めた。やはりよく喋り、よく笑っている。そのイメージの落差に苦笑させられる。列車はパリの郊外に入った。

一七時過ぎにパリ東駅に到着する。終着駅のためプラットホームが櫛形に幾本もの線路を受止めている。駅構内に繋がる出口は一ヶ所であった。「井谷様」と書かれた紙を持った青年がいた。中村君というエクセルのパリ駐在員であった。エクセルはイズミの系列企業でブランド品の輸入販売をしている会社である。社長の佐藤さんとはイズミ時代からの親しい付き合いで、このヨーロッパ旅行ではパリやウィーン等の道中に配慮をしてもらっている。

タクシーの中で中村青年からパリ滞在中の予定を聞かれたので、観光は定番コースでよく、観劇をしたいと考えていると答える。彼は明日のリドには予約を入れていることを伝え、私達のために時間を空けてあるので遠慮なく申し付けてくれ、社長にもそう言われていると言ってくれる。厚意に感謝をする。彼はイズミではなくエクセルのプロパー社員であり、パリ駐在は二年近くなると言う。赴任の時は一週間前に聞かされ、取りあえず行けと言われて観光ビザで入り、一年ぐらいかけて就労ビザをとった、一人身だから動かし易かったのでしょう、今は良かったと思っている、と笑顔で話す。二七歳の好青年で、学生時代はキック・ボクシングをやっていたと言う。ふと、小生の中にイズミにいたその年頃の自分の姿が重なって見えた。

一五分程でヒルトンホテルに着く。エッフェル塔のすぐ近くであった。チェックインと両替を済ませる(一フラン二一円)。七三七号室と言われて飛行機の型番だなと思う。ヒルトンのフロアーは1Fからになっていた。部屋に荷物を置き、中村青年と共に食事に出かける。時間がまだ早いのでエッフェル塔の辺りを散歩する。みち子さんはエッフェル塔を近くで見ると大きいものだと驚いていた。小生には二〇年前のヨーロショップツアーのことが思い出された。


地下鉄に乗り四つ目ぐらいの駅で降りる。街角を少し入ったところにアルトポスタルという小さなレストランがあった。中村青年が日本人の口に合うという店である。店内には三組の客がいたが皆な日本人である。雑誌か旅行ガイドに載ったことがあるらしい。サラダとヒレステーキ、マグロのオイル漬け、及び赤ワインを頼む。マグロのオイル漬けが旨かった。日本に帰ったら作ってみたいと思う。三人で一〇〇〇フラン程であった。オペラ座の辺りからタクシーに乗り、ホテルに戻る。部屋の窓にはエッフェル塔のネオンが映し出されていた。


スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/468-cc188624