無題
ベニス(ヴェネツィア)の風景、ゴンドラとサン・マルコ寺院

五月一七日(月)

朝食のバイキングに日本人男女の団体が群がり、がさついている。ウエイトレスは困惑顔で適当にあしらっていた。私達は少し離れた席につく。昨夜見かけた添乗員らしき女性が私達の横に相席をした。聞くと、関西から来た二〇人程の団体だと言う。物怖じしない人々ということであろう。

カウンターへ行き、ムラーノ島に行きたい旨を伝えると、一人一〇〇〇〇リラで手配をすると言う。五分も経たずに迎えのガイドが来た。向かいの船着き場から水上タクシーに乗り、ムラーノ島に向かう。ベニスの大運河を快速に走って行く。バポレットという乗合船や荷船が行き交っていたが、まだ早いためか、ゴンドラは岸辺に繋がれているを見かけただけであった。途中で大運河を左に折れ、狭い水路に入り、暫らくすると海に出た。沖に島影というより、洋上の町影が望めた。ムラーノ島である。船はスピードを上げる。右手に水上の建物が近づき、やがて遠ざかった頃、ムラーノ島に着く。灯台が立つFAROの船着き場である。所用時間二〇分程であった。

船を降りた所が、ガラス工芸店の裏口であった、話は付いているようだ。人が出て来て中を案内する。店内は結構広く、数多くのベニチアグラスの工芸品が並べられていた。大きな男がいて、片言の日本語混じりで説明する。工房を見せると言って、隣へ連れて行く。マエストロと呼ばれるガラス職人が、棒の先にガラスの塊を附け、炉の中に入れたり出したりしながら、形容を整えている。棒の口元から息を吹き入れて膨らませたり、鉄鋏の様な物で伸ばしたり、切ったりしている。みち子さんは興味深げに見ていた。ふと、子供の頃によく見かけた鍛冶屋の風景が頭に浮かび、懐かしい想いがした。


特別展示室が二階にあるというのでそこへ行く。ジャンル毎に三部屋に別れて展示されていた。下の階は一般の土産品であり、ここは美術工芸品のコーナーだと言う。結構高いものがあった。ひとくさりの説明を受ける。曰く、ベニチア・グラスのデザインは一七世紀頃の伝統的な形を踏襲している。ルビーを使用した赤色が高級とされたが、今は他の色とも左程の変わりはない。金箔の焼き付け具合と花柄の絵付けの良し悪しで値段が付けられる。絵付け職人に格付けがある。等であった。他の店も回ってみると言うと、彼は、他の店はボヘミヤや台湾製のイミテーションが多いが、ここはベニチア・オリジナルだけだと強調する。また戻ってくることを約束し、店を出る。

店を出た右手は船着き場である。左手に行くと、広場の様な通りがあり、水路に突き当たっている。橋が三本架かっていた。水路に面した通りに店が並んでいるので、橋を渡る。殆どの店がガラス工芸店であった。ぶらぶらと歩き、店内を覗いて行く。店には少しづつ特徴があり、土産物屋然とした店から、伝統調、モダン調、個展風の店といった観であった。

ある店に入ると、中から日本人青年が出て来て、ここは私が経営している店だと言い、工房に案内してくれる。五人が作業していたが、三人は若い日本人男女で、馴れていない様子であった。彼等は見習いだと聞く。特別展示室があると言うので付いて行く。入口にはロープが引いてあった。何軒かの店でこの手の特別展示室を見た。青年は地元との商売は当てにしておらず、日本との取引きが多いと嘯き、日本の有名人の名を親しげに口にする。彼の作品というガラスの茶器なるものを見せられた。幼拙で話す気もしなかった。裏千家の某がローマの茶会に使ったと言う。本当なら顔が見たいと思った。ともあれ、長く時間を過ごしたので、この店で事務所の加藤さんと百合への土産にベニチア・グラスのペンダントを買う。

通りに出ると、すぐ横がCOLONNAの船着き場で塔が建っていた。近くの橋を渡り、戻りかける。岸辺にテーブルが数卓出ていて、三組の客が食事をしていた。TRATTORIAと書かれたその店は、昼時でもあり、人が出入りしていた。私達もテーブルにつく。メニューをもらい、周りのテーブルの上を見ながら思案していると、最初の店にいた大男が誰かとこちらに歩いてきた。私達に気付き、ここは良い店だ、これから友達と食事をすると言う。何がお勧めかと訊くと、「サカナテンプラ」と答える。他に、みち子さんはサラダとシーフード・スパゲッティ、小生は白ワインを頼む。みち子さんはイタリアでスパゲッティを食べ続けている。隣のドイツ人カップルが席を立つ際に、ウエイターから皿を一枚プレゼントされた。鶏の絵にAIVETRAIと記された店のマークが入ったものである。料理はなかなか旨かった。八万リラである。私達には皿のプレゼントがなかった。

大男と最初の店へ行き、戻ると約束していただろうと言うと、肯いて、店員にコーヒーを用意させる。他の店を回って見て、色々と良く解かった、日本人の経営する店があったので、ペンダントだけは買ったと話すと、それを見せろと言う。ペンダントを手に眺め透かして、これは大丈夫、オリジナルだと品定めをしてくれる。そして、あの店は日本人の経営ではなく、その日本人青年と店のオーナーの娘がくっ付いたのだと島の内輪話をしてくれる。

商談を再開して、一輪ざしの価格を指し値すると、すんなり受け入れた。表示価格の半値以下である。どの店より安くなったので、金箔のもの五個と無地のもの四個を買う。大男は船着き場まで送ってくれる。彼は一九二センチ一〇五㎏の体格を持ち、スモウ・レスラーに興味があると言う。憎めない四五歳の男だった。店の名はCivamと書かれていた。一人六〇〇〇リラのチケットを買って、乗合船バポレットに乗り込み、サンマルコへ向かう。

バポレットの中は満席になった。老夫婦が離れた席になったので、周りの人達が席を替わろうと喋り出す。話しの輪が広がり賑やかになる。イタリアでは、見知らぬ同士が喋り合う光景をよく目にする。小生はみち子さんの写真を撮るため前に回る。男性が前の席の横に立っていた。写そうとすると、その男性がポーズをつくる。退いてくれるように言って、みち子さんを写す。前席の女性には意味が分かり、大笑いをして、男性に注意をする。男性は照れくさそうに立っていた。女性は後ろ向きになり、私達に話しかけてくる。余程おかしかったのか、男性を指差しながらまだ笑っていた。スペインから来たという楽しいカップルであった。三ヶ所の船着き場を経て、サンマルコに着く。桟橋でその女性と写真を撮る。

囚人が牢獄に送られる時に渡ったという、ため息の橋が架かる水路を横切ると、すぐサンマルコ広場に出た。右手に豪壮なサンマルコ寺院が建ち、立派な回廊に囲まれた大広場に無数の鳩がいた。回廊には一流どころの店が並んでいた。みち子さんが疲れたのでホテルに帰りたいと言う。広場から島内へ続く路地の様な商店街を曲がりくねりながら、リアトル橋に向かう。大運河に架かるこのリアトル橋がベニス建築の始まりだという。橋の両岸付近はレストランや市場があって賑っていた。バポレットに乗り、大運河を通ってサンタルチア駅まで戻る。

ホテルで一息入れてから食事に出る。ホテルの前通りを歩くと、ケースに魚介類を並べたレストランがあったので入る、魚のグリルとサラダ、及び白ワインを頼む。日本語のメニューに値段が書いていないので文句を言うと、ウェイターは恐縮していた。歌声に振り向くと、娘連れの夫婦がいて、旦那が歌っていた。親指を上にしてサインを送ると、日本人だろう、一緒に飲もう、おごると言う。ロシア人であった。私達は食事を済ましていたので、断ってホテルに戻る。
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