2014.10.21 でんでん太鼓
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「でんでん太鼓」を持つ赤ん坊、ネットからの引用写真で私の孫の姿でない

「おでん」が「関東煮」のことだと知ったのは、私が中学生になってからだ
漫画で見た「おでん」は、三角や丸の形をしたもの三つぐらいの串刺しだった
どんなものか何時か食べてみたいと、子供心に思っていた
中学へ入学したある時、意を決して「おでん」を食べたいと親に無心してみた

次の日の夕飯は「鍋」、中には竹輪や厚揚げ、大根、コンニャク等であった
母が云うには、「ほら、おでん、作ったったさかいな、食べや」
私、「何や、関東煮(かんとうだき)やん」
母、「そうや、東京ではおでんて云うねんで」
私、「・・・、」 気が抜けた思いがしたこと、今も鮮明に記憶が残っている
然し、その鍋の中には、玉子と「はんぺん」は入っていなかった

玉子は当時の高級食物で病気の時にしか与えてもらえないものであった
「はんぺん」は奈良では売っていなかったようだ、私は東京へ行って初めて知った食物
「はんぺん」、他の「おでん種」より大きく立派で値段は同じだった、私は二個注文した
皿に出された「はんぺん」を愛おしく眺めてから口にした、「??」、歯ごたえが無い
屋台の親父が「はんぺん」を鍋の中に追加していた、先の物の半分以下の大きさである
つまり、水膨れというか、汁膨れするものだった、でも旨かった思いが残る

この前の稽古日のこと、件の「千家の茶人」を呼んで来た我が塾生の後日談が面白かった
無礼な仕儀に、私が「叩き出すで」と叱った「千家の茶号を持つ身」とオヌカシの件の御仁
後日、塾生のところへ御仁が謝りに来たという、その謝った内容を聞いて、私も皆もアングリ
「貴方のお茶の師匠を怒らせたことで、貴方のオデンに支障が出る」との心配だったと云う
オデンとは「相伝」のこと、芸道で師匠や家元が允許する「位」で、関東煮のことではない

私は成程と一面納得した、私の茶の稽古とは茶事を楽しむことが出来るようにするもの
早く習得してもらい、自分の茶事をする、茶事の亭主や客が出来るようにというものだ
何段階のも相伝とやら云う代物を、後生大事な嫁入り道具にする為の稽古ではない
「茶」で作り上げた「似非身分制度」の虚構や組織的集金システムとは、一線を画す

そもそも論で云えば、「伝・でん」とは儒教の経典の注釈書を記した「伝記」と云われるもの
孔子の教えの正統性を受け継ぐ者の証とされるようになったのが起こりのようだ
明治になるまで、上田宗箇流の茶には「台子の伝」、つまり免許皆伝の「伝」しかなかった
多くの武道もそうで、「伝」は免許皆伝一つであった、「段級位」は明治以降の産物である

稽古事の「伝」を階層付けすることで、稽古内容を増やし、稽古も増やすという悪循環
それが、稽古料や「おでん」料へと知恵が働いて、今の稽古茶・相伝の仕組みとなったもの
よって、何十年も稽古のための稽古を続ける「稽古事・習い事」の世界になる

世間を渡って仕事をして来た男がやる「茶の湯」、「お稽古事」とは別物である
出来れば三年、長くとも五年、それ以上の受け入れ拒否が「朋庵塾稽古」の掟
その辺り私の思惟、どうも「件の千家の茶人」には理解不能であるらしい

「でんでん太鼓」、子供の遊具だわな・・
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