rannzyatai900.jpg
蘭奢待(らんじゃたい)、長さ156cm、重さ11.6kgの錐形の香の原木
東南アジア産出の高級香木、成分から伽羅(キャラ)に分類され、「黄熟香」と呼ばれる
「蘭奢待」の三文字には、「東」「大」「寺」の字が隠されていると云うのが「ミソ」とか
香木の一般的なランクは「白檀」「沈香」「伽羅」の順で,、伽羅が最上物とされている

百年ぶりの改修を終え、今一般公開されている東大寺正倉院に収蔵されている
聖武天皇の代(724–749年)に唐土から渡来したと伝わっている
また、「日本書紀」や聖徳太子伝暦の推古天皇三年(595年)記述という説もある
天下第一の名香と謳われ、時の権力者の行状が伝えられている

寛仁三年(1019年)、藤原道長が宝物を見る
•至徳(元中)二年(1385年)、足利義満が宝物を見る
•永享元年(1429年)、足利義教(よしのり)が宝物を見る
•寛正六年(1465年)、足利義政が宝物を見て、「黄熟香」を削り取る
•天正二年(1574年)、織田信長が宝物を見て、「黄熟香」を削り取る
•明治十年(1877年)、明治天皇が宝物を見て、「黄熟香」を削り取る

近年の調査によると、切り取り跡が三〇箇所以上見られることが判明
運搬者なり、保管者なり、時代時代の邪まな連中がくすねたのであろう
まま、上記の中では、明治天皇は別であろう、何せ天皇家の物なのだ

足利将軍は明皇帝から「日本国王」として冊封を受けた不届き者
そして、明皇帝へ朝貢する形で貿易利益を得たという邪悪者
更には、明銭を日本国内で流通させろという、国家を損なう痴れ者
何より、後醍醐天皇を吉野に追いやり、将軍になったという慮外者家系
そういう邪まさが、天皇家宝物「蘭奢待」切り取りの先例を作ったのである

実は、私も邪まな連中の一人、正倉院は中学からの遊び場であった
ここだけの話ながら、ある時に正倉院の屋根裏から侵入したのである
「蘭奢待」を見つけたところで「落下意識」に襲われ、そこで目が覚めた(^^)
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/513-6b2a07b1