2014.11.27 鷺の絵
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秋篠川で餌探しをする鷺(サギ)、番(つが)いで生息している

五代南唐の画家、徐熙(じょき)の描いた鷺の絵がある
茶祖・村田珠光が、「数寄の根源」とまで賞めた一軸である
当時、「これを見なければ茶の湯を極めたことにならぬ」という掛物だった
奈良・松屋が所持していた、その掛物を掛けるにあたり茶室の床を改修した
そのことに対する、松屋と利久の遣り取りが面白く興味深い

「織部茶書」にある話では
松屋は、長い掛物(鷺の絵)に合わせて床の天井を高くした
ところが、利休はこれを見て「なぜ高くしたのだ」と問うた
松屋は「鷺の絵を掛けることがあるかと思うので」と答えた
利休は「そのつもりでやったことなら、ますます悪い」と云う、そして
「長すぎる掛物であれば、畳の上に余った分を巻きためておけばよい」
「小細工はいらぬこと、すぐに床の天井を下げなさい」と命じたとある

この話、茶人の書として有名な「南方録」では次の様な話になっている
名物といわれるほどの掛物を持つ人は床の間の心得が必要だという
名物の掛物が丈の短い横物のようなものであれば床の天井を低くしたらよく
長い掛物で丈が余ってしまうものであれば天井をあげてよい
他の掛物を掛けた時、かっこうが悪くても少しも気にする必要はないということ
つまり、床は所持する名物に合えば、それで十分である、と利休は云ったとか

同じ利休の話として比べると、それなりに含蓄がある
但し、「南方録」は利休崇拝の偽書だと今では判明している
まま、サギのような話カモ

この「徐熙の鷺の絵」、今は見ることが出来ない
松屋から出た後、最後は薩摩島津家に所蔵されていた
それが、西南の役で焼失したとされ、もうこの世に無い
西郷ドンと運命を共にしたのでゴワリモス



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