2014.12.09
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表情の変化、五日の写真と比較あれ、エサを前に私の「ヨシ」を待つ愛犬「ハナ」

昭和一六年一二月二日に大本営発の「ヨシ」は、「ニイタカヤマノボレ一二〇八」
そして、一二月八日未明の「ヨシ」とは、攻撃機からの「トラ・トラ・トラ」
「ニイタカヤマノボレ一二〇八(ひとふたまるはち)」とは、「真珠湾攻撃は一二月八日」
「トラ・トラ・トラ」とは、「ワレ、真珠湾攻撃ニ成功セリ」、その時の攻撃機は
零式艦上戦闘機一二〇機、九九式艦上爆撃機一三五機、九七式艦上攻撃機一四四機

機種の頭の数字は皇紀の下二桁を表している、零式とは皇紀二六〇〇年制定機種
零式艦上戦闘機はレイ戦と呼ぶ、米軍呼称が「ゼロファイター」、「ゼロ戦」呼称は戦後のこと
よって、「ゼロ戦」で戦った日本の飛行兵はいない、この辺りキッチリと、百田はんは間違い
零戦の航続力・速度・旋回性・操縦性・攻撃力は当時の世界で頭抜けた戦闘機であった
但し反面、大きな弱点があった、それは操縦席・燃料タンク防御の脆弱性である、
大戦末期、米軍機の性能が向上すると零戦の防御の脆弱性が命取りとなり、敗色を深めた

実はこのこと、日本人の戦法として深い歴史があるように思われる
世界各地の刀剣・槍矛の戦闘に於いて、「盾」の発想が無かったのは日本の戦技だけだろう
欧州から支那まで、アフリカ・インドも盾を使った戦闘手法が普通であった
支那に「矛盾」という話があり、日本でも使われる言葉であるが、日本人には盾の発想はない
日本にあった盾とは、矢や弾を避ける「矢盾」や「竹柵」ぐらいである、あの隼人の盾も矢盾
日本では、片手で剣や槍を持ち、他方の手で盾を持って戦うことはなかったということだ

日本の戦技は相手の打ち込みを受け止めずに、躱(かわ)す姿勢をとるのが常のようだ
それと、日本の刀剣技は力より俊敏性を求め、刀剣の切れ味の良さは世界に比類がないとか
更に、欧州軍のように「集団戦」で隊を組み進むという発想も無く、個々の格闘を優先した
よって、日清・日露の戦いでは、日本刀と銃剣での白兵戦となると日本軍が圧勝した
元寇の役でも、鎌倉武士の刀剣格闘技が蒙古・支那・朝鮮兵を圧倒、上陸を許さなかった

零戦の開発思想の根には、日本人の持つ戦技思想が流れているように私は思う
今後の日本にとって、それを是とするか非とするか、黙考すべしであろう
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