2014122316280000.jpg
入塾一年八カ月の塾生の炉点前、昨日は三回目の炉稽古、様になって来た
今日はクリスマスイブとやらで、古田織部を語る第三弾にするつもりであった
勿論、写真は織部が密やかに十字架を象ったといわれている「織部灯篭」を考えた
しかし、その写真は昨年十月二八日に載せたことを思い出し、昨日の稽古写真とした、

織部の茶友には伴天連に惹かれる武将や、その妻子がが多くいた、利休もそうであった
面白いことに、伴天連の西洋人坊主は茶の湯に惹かれ、伴天連教会には茶室があった
茶には、後世云われる禅宗坊主の影響より、伴天連坊主の影響の方が大きかったようだ
伴天連信仰と武家茶精神が結びつき、それが多くの武将に広まるとなれば・・ヤバイ
秀吉が伴天連追放を決めた底流には、そういう潜在的恐怖感があったと思える

主だった伴天連大名や武将を下に挙げてみる

有馬義貞(アンドレ) - 肥前日野江(島原)領主
有馬直純(サンセズ) - 有馬晴信の子、棄教後は迫害者に転じる
池田教正 - 丹後守
一条兼定(ドン・パウロ) - 土佐中村一条家当主、大友宗麟の甥であり娘婿
宇久純尭(ドン=ルイス) - 五島島主、宇久純定の次男。
大友宗麟(ドン・フランシスコ) - 豊後領主
大村純忠(バルトロメオ) - 日本最初のキリシタン大名
大村喜前(サンチョ) - 大村純忠の子
織田有楽(ジョアン)-織田信長の末弟
織田秀信 - 三法師、織田信忠の嫡男、信長の嫡孫
織田秀則(パウロ) - 織田信忠の次男、信長の孫
蒲生氏郷(レオ) - 日野、会津を領す
木下勝俊(ペテロ) - 若狭小浜城主、北政所(ねね)の甥。
京極高吉 - 晩年に受洗するも急死
京極高次 - 秀吉、家康に仕えて近江大津、若狭小浜を領す
京極高知 - 秀吉、家康に仕えて信州伊奈、丹後宮津を領す
黒田長政(ダミアン) - 棄教後、迫害者に転じる
黒田孝高(シメオン) - 官兵衛の通称と如水の号で知られる
籠手田安一(ジェロニモ) - 籠手田安経の子
籠手田安経(アントニオ) - 平戸松浦氏重臣
小西行長(アウグスティノ) - 関ヶ原敗戦後、キリシタンであるため切腹を拒み刑死
小西隆佐(ジョウチン) - 小西行長の父
志賀親次(ドン=パウロ) - 大友義統家臣。島津軍の侵攻を何度も食い止めた
宗義智(ダリオ) - 対馬領主。小西行長の娘マリアを妻に迎えたときに受洗
高山友照(ダリオ) - 飛騨守、高山右近の父、畿内における最初期のキリシタン大名
高山右近(ドン・ジュスト) - 代表的なキリシタン大名、追放先のマニラで客死
筒井定次 - 筒井順慶の長男
津軽信建・ 信堅・信枚 - 津軽為信の長男・次男・三男
内藤如安(ジョアン) - 追放され、マニラで客死
畠山高政 - 河内国畠山氏の当主
細川興元 - 細川幽斎の次男
前田秀以(パウロ) - 前田玄以の長男
前田茂勝(コンスタンチノ) - 前田玄以の次男
牧村利貞 - 利休七哲の一人
松浦隆信 - 松浦氏28代当主
毛利高政 - 豊後佐伯領主。伊勢守
毛利秀包(シマオ) - 毛利元就の子
結城忠正(アンリケ) - 山城守

こうして挙げると、利休・織部と続く「切腹沙汰」の真相が薄っすらと浮かぶ
「古田織部とは何者か?」という今回の副題の意図とは・・、もしかすると穿ったかも?
ついで乍ら、昨年十月二八日のブログ記事、再掲させてもらう、クリスマスイブ故に

http://houan7010.blog.fc2.com/blog-entry-160.html
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/570-d34d45c3