2015.01.12 マグロ
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初釜の正月膳、羊の器はヌタ和えであった

昨日は石州流系統の初釜、袴を着けトンビの外套姿で電動三輪車に跨り出掛ける
時折、眺める人や振り返る人もあったが構わず駆けた
受付を済まし待合に入ると、御連客は私を含め男三人女五人の八人であった
桜の白湯が出された後、上に黒文字を載せた四段重ねの縁高が私の前に出された
私が正客と云うことで、挨拶をし常法通りに一番下の段を残して他の三段を送ろうとした
ぬぬぬ、下の段の中は空っぽ、私は暫し上の三段を持ちながら相手の意図を考えた

石州系の作法は違うのか・・、然しながら空の段とは・・、それとも上段から取るのか・・
出された半東(はんとう)さんの顔を見ながら、「一番下は飾り段でしたか」と苦渋の弁
すると半東さん、私のお重を見て、「あ、四重出した、三重やったのに」と目を見開きニコリ
何のことはない、五重の縁高を三重で使うつもりでいたのが、もう一段手なりで持ったとか
私は、「それはそれは、何か意図がお有かと考えましたわ、ハハハ」と返し、次の段を開くと
椿葉に載せた蒸かしたての上用饅頭が一個入っていた、ナカナカの美味であった

菓子の後、路地の腰掛待合に移り、手水の水を注がれた御亭主と出会いの挨拶
本席で濃茶と薄茶を頂いた後、別席で正月膳を頂くことになり本席を出る
正月祝膳は足付の丸膳で、鯛鱠の向う皿とハマグリ器に黒豆、そして箸が置かれていた
次に酒器と酒盃が出て一献受ける、続いて煮物が出され、熱いうちにと勧められる
更に半月形の折箱に入った料理が出て、酒も勧められので、私は酒器を預かる
最後に蒸籠に入った飯とほうじ茶が出された、十分に頂き箸を置いた
どちらかと云うと、茶会席と云うより料亭会席の流れの正月祝膳であった

ところで、正月のテレビではマグロの初競りの話が放映されていた
マグロの漁獲が制限されるとかで、「日本人にとってマグロは云々」と伝えていた
妙な話である、茶会席では勿論、まともな割烹会席ではマグロは出さないものだ
日本ではマグロは古来「しび」と呼ばれ、「死日」につながると忌み嫌われた魚である
更に、「血さかな」として賤しい魚、品の無い魚として「下魚」とされていた
依って上方では、会席料理だけでなく、家庭料理でもマグロは馴染みの薄い魚であった

カツオと違い、魚市のマグロはすぐに商品とはならず、赤身部分を醤油漬けにした
その醤油漬け赤身を「ヅケ」と呼び、庶民の安価な食べ物として出回っていた
脂身の部分ところ、今で云う「トロ」は魚のアラと同様に捨てられていた物である
今、高値取引される「トロ」を食するようになったのは、昭和に入ってからということ
「江戸前のにきり」とか云う生魚の切り身を載せた寿司が一般化したのは戦後から
それまでの日本では、寿司とは押し寿司、巻き寿司、蒸し寿司が主流であった

「日本人のマグロ云々」とか云いながら、にぎり寿司の世界では変調が起きている
この最近、マグロの販売量より、鮭というかサーマンの販売量が優ったとのこと
日本人の鮭回帰が始まったということであろう

さて昨日の初釜、先夜から下痢気味のところを三輪車で駆けたので恥ずかしながら粗相をした
先方の便器のカバーを汚してしまったので、服を直して厠に取って返すとカバーは無かった
私は粗相を謝り、その日に書いた礼状も詫び状になってしまった・・
どうも前の日に件の同級生と食べた軟骨唐揚げの所為かなと逡巡、彼の具合を聞こう
今日はこれから広島の初釜に出掛ける、「陀羅尼助・だらにすけ」を持参しよう
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