2015.01.14 嬉しい集い
2015011221260000.jpg
嬉しい集いの一コマ、写してくれた本人ともう一人が入っていない

宗家の初釜の後、嬉しい集いが待っていた
私の広島時代、広島に本社を置き中四国に店舗展開をする量販店企業に勤務した
量販店とは業界用語に近いが、スーパーマーケットやショッピングセンターのこと
当時はダイエーを筆頭に、イトーヨーカ堂やジャスコがその代表的な企業であった
スーパーマーケットは品揃えと価格、ショッピングセンターは店揃えや業態揃えを競う

昭和四〇年代半ばに米国系の外食産業が日本に進出、フランチャイズ展開を始めた
ファーストフード・チェーンと呼ばれたもので、注文から三分以内に提供するという語意
昭和四六年に東京・銀座に開店したハンバーガー店「マクドナルド」がそのはしりである
続いて「ミスタードーナツ」や「ケンタッキー・フライド・チキン」が日本に進出して来た
フランチャイズとは店名や商標と独自商品やサービス、運営手法(ノウハウ)の提供契約
提供側がフランチャイザー、提供を受け対価(ロイヤリティ)を払う側がフランチャイジー
フランチャイズは新しい概念の事業形態として日本でも急速にチェーン展開が拡がった

私の企業でも、業態揃えの一つとして外資系ファーストフードのフランチャイジーになる
そして私が店長に任命され、四人のメンバーで大阪・京都で長期研修を受けた
広島に戻り、そのファーストフード店を始める時に二店分の要員を養成しておくことにした
要員には「手垢」の付いてない者と勝手な理屈で、新入社員の男性四人女性四人を得た
後は女性アルバイトを採用し、教える方も教わる方も慣れていない新人研修を何とか終えた
開店は成功し、二十四時間営業のドタバタであったが、新入社員達は懸命に働いてくれた

他部門に配属された同期生と比べ、時間的にも苦しい環境下ながら、よく耐えてくれた
特に女性新入社員は、教えてくれる先輩がいない上に、同年か年上のアルバイト生と働くこと
正社員としの未熟さはそこかしこに出て、悔し涙を流している姿を目にしたこともあった
その新入社員であった彼等彼女等が集まって、私との四〇年ぶりの再会の場を作ってくれた
当時一八歳であった彼女たちは還暦を迎えていた、そして遠くから来てくれた子(?)も居た
男性陣はまだまだ頑張っていて、其々の人生を作っていた、男も女も皆好い顔をしていた
私と共に、大阪京都の研修に参加したメンバー三人の中、二人が来てくれていた

ワイワイと話している中に、皆は以前の顔になり、話題もその時の恨みつらみとなった
作って四時間経ったドーナツは捨てる決まりであったが、それが何とも捨て難くあったとか
せめて一口でも「食べてあげたい」という気になり、捨てる時にせっせとかじっていたとか
それでウンキロ太ってしまったという初耳の愚痴も聞かされたが、今となっては叱れない
そんなこんなで、私には嬉しい集いとなり皆に感謝、人生の至福を味わったのだ

私が初釜で一二日に広島へ行くと伝えたのが正月七日であったのに、良く集まってもらえた
幹事をしてくれた元同僚からは、次からは早く知らせてもらいたいと愚痴られた
御尤もごもっともと平身低頭で詫びた、しかし私の目は和んでいた

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/586-5495fa1c