2015.01.20 時計譚
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日曜日の朝の散歩途中で頂いたもの、家の方は名前は知らないとか
帰宅して花入れに挿した時は蕾だったが、昼過ぎには開いた,、アスカ椿かな?

稽古で、電波時計にことがひとしきり話題となったので時計のことを調べた
電波時計の歴史は意外に古く、昭和二年に当時の逓信省で研究開発に着手
実用化は昭和十五年、短波で船舶向けに発射、海軍艦隊に重宝されたようだ
敗戦で米軍によって電波発射を止められたが昭和二十三年に再稼働した
昭和四十六年に短波から長波になり性能が安定、潜水艦にも届くようになったとか
平成十一年に福島、十三年に佐賀に標準周波数局が開設され、日本近辺を網羅
といことで、今は置き時計だけでなく腕時計や携帯電話時計にも普及しているようだ

時計のことを調べていて面白いことを知った、まま、私が知らなかっただけだが・・
十二進法や六十進法は古代メソポタミアで考えられ、エジプトへ伝わったとされる
一日の時間を720×2分=1440分÷60=24時間、この2分のことを初めて知った
太陽が出始めて出終わるまでの時間の720倍が一日の長さ、出始めと終わりに二分
この二分が、分の単位として60分一時間、一日24時間となる、ふ~む、なるほど
因みに12進法、手の親指で残り四本の指の骨(節)を数えると十二だとか、う~む

次に和時計のこと、日中と夜間で一刻の長さ、今でいう一時間の長さが違っていた
日の出の四半時(三〇分)前から、日没の四半時後までを日中として時刻を六分割
夜間は日没後四半時から日の出前四半時までを六分割していたという、初耳である
よって、日中が長い夏や日中が短い冬で、昼と夜の一刻の長さが違う不定時法だ
和時計は、この複雑怪奇な不定時法の計算を組み込んで、その時を刻む装置だ
江戸時代に来日した異人達は、日本人の知識と技術に驚愕したと記録に語られている
明治六年に定時法が採用され、和時計の使途は無くなった

ついでながら、携帯用の日時計というものも作られていたことにも感心した
時計の針がの回り方、いわゆる時計回りは、日時計の回る方向からだとか
南半球の人には厄介な話ではある

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