2015.01.21 妻の本懐
images_20150121062951502.jpg
梅田雲浜(うめだうんびん)の肖像画

井伊直弼の「安政の大獄」の最初の捕縛者となり獄中死、享年四十六歳
次の大河ドラマで吉田松陰が描かれるとか、松陰の生涯に影響を与えた人物
萩にある「松下村塾」の揮毫は雲浜によるものという

この三日ほど、梅田雲浜に関する本を二冊読んだ
私の高校の先輩に当る方に梅田雲浜の末裔がおられ、この度雲浜の本を上梓された
私がその本を無心すると、雲浜の出身地・若狭小浜市の元市長・村上利夫氏の著書
「梅田雲浜の人物像」という本も併せて頂戴し、拝読した次第

幕末の尊王攘夷の先駆けでもあり、多くの勤王の志士が薫陶を受けた「梅田雲浜」
「日本外史」を著した頼山陽から一子(頼三樹三郎)を託される程の信望を得ていた
薫陶を受けた人、吉田松陰・橋本左内・横井湘南・西郷隆盛・坂本龍馬・高杉晋作等々
他に水戸天狗党の志士、そして十津川川郷士がいた

その男を知るに、その妻を知るに如くなし、とかどうかは知らないが、ともかく
雲浜の妻・信子、親子三人二畳一間の貧困生活に耐えながら二十九歳で亡くなる
信子の歌が梅田家に遺されている、その字面を追い、胸を打たれた

憔(こ)り置きし 軒の積木も焚きはてて 拾ふ木の葉の 積もる間ぞなき

事たらぬ 住居なれども すまれけり われを慰む 君あればこそ

この本を読み、十津川郷士の医師・乾十郎の妻・亥生(いわお)のことを想い起した
亥生は臨月の重身で六歳の長男をつれ、大和五條から十郎の天誅組を追い従軍
陣中で出産しながらも、医師の妻として隊士を看病、幕軍に捕らえられ大坂で斬首
彼女は日本最初の従軍看護婦として、その名を遺す
後世、「勤皇医師・乾十郎の夫婦みち」という小説にもなって、世に伝う

我が女房殿も、まま、それなりに・・
妻の本懐とは伴侶の器、夫の値打ちの裏書、というのが話の本題
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/591-9616818e