2015.01.27 狗子仏性
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イビキをかき熟睡する愛犬ハナ、夢を見ているのか時々寝言を発する

「狗子仏性・くしぶっしょう」という禅の代表的な公案がある
「犬にも仏心が有るや無しや」という問い掛けであり、有無の本質を云々とか
私には禅問答や宗教そのものが今ひとつ解らないが、人の解説によると
この公案の意は、形式に執われず、真理の実相を究めてゆきなさいという一転語であり
そして、徹底した自己信頼の立場である。・・とある

最近の私は、自己信頼なんぞ遥か彼方の話で、我が身の至らなさを痛感している
茶の湯は、同じ器から分け合って食し、同じ炉の火で沸かした湯で茶を点て喫す
茶会は茶を核とした人々の寄合い、つまり、宴会の一つの変型である
そして、古い茶書には「人は見知りて寄合うべし」という言葉が残されている
この「見知りて」という意につき、古希を前にしながら頭の中が逡巡

些か憚る表現ながら、男性が女性に対しての思いとは
「同衾してみたい女、暮らしてみたい女、語ってみたい女」という云い方がある
この三つ揃えば最高最善であるのは云うに及ばない、まま、女房殿(?)
恐らく、女性から見た男性への思いも同じかも知れない
そこで、男同士の付き合い方を考えてみると
「共に遊びたい奴、共に仕事をしたい奴、共に語りたい奴」
やはり、三つ揃えば最高最善の「奴」であろう

思うに、「相性」とは「事柄」によって違うと云うことであろうか
そうなると、「見知りて」とは「相性」と「事柄」を見知りてということになろう
我が身とは相性が合わないとされること、有体に云うと嫌われること
人からの批判批評に動じることはないとしながらも、続くと少々気落ちする
それは、どの事柄を以ってなのか訊きたくあるが、訊くに及ばぬもの
謙虚に積徳とも思うが、今更の感もあり、自己信頼を徹底との思いも巡る

「狗子仏性」の有無、ハナに問い掛けたい




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