2015.02.06 犬との共生
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今日二月六日は愛犬ハナの十一歳の誕生日、人間年齢では還暦だそうな
心做し老け顔になってきたように思えるが、太めの美形は保っている

「一犬影に吠ゆれば百犬声に吠ゆ」或いは「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」
最近は犬の遠吠えの連鎖や、近隣の犬が共に吠える声を聞かなくなった
「群れ習性」とでも云うのであろうか、昔は集落の犬が一斉に吠え立てたものだ
「群れ生活の掟」を持つ犬の習性が人類と共生し、人類の文明の礎となった
と、私は考えているが如何であろう

人類との共生を選んだ犬を、人類の最初の家畜と云う人が多いが、私は違うと思う
生物界の共生関係には、「偏利共生」と「相利共生」があると云われている
「偏利共生」とは利害関係に偏りがある共生、その最たるは寄生体と宿主である
寄生とまでなくとも、人類が得た家畜との関係は人類に利が偏る共生である
「相利共生」とは互いに利がある五分五分の関係で、蟻とアブラ虫の共生である

石器時代、洞窟生活をする人類が捨てた食べ残しの皮や骨を目当てに狼が集まった
人に対し敵愾心を持つ狼は離れ、敵愾心の薄い狼は人を警戒しながらも近付く
狼が人の食べ残しを漁ることは、人にとっては腐敗物の処理、ゴミの掃除となる
幼獣は相手を和ます本能を持ち、人になつくものも現われ、人の近くで成獣となる
成獣となると、危険を察知して吠えたりすることで、人にも危険が伝わり重宝される
その成獣同士に子が出来ると、人になつく狼の集団となり、人の狩猟にも協働する

自然は上手く出来ているというか、その狼たちにはデンプン質の消化機能が生じた
つまり、肉食一点張りの狼から、人の食物に合わせた雑食の「犬」に変種したという
一万五千年位前の東アジアでの話だとかで、人類の移動に併せて犬も同行したと云う
と、ここまでは良く知られた犬の起源説、では人類の文明の礎が犬の「群れ習性」とは
「群れ習性」は、リーダーへの忠誠と序列による秩序維持、群れの保護・防衛にある
(但し書きながら、「群れ習性」とは私の造語、念のため)

我が家に居た雄の紀州犬、外では犬・猫のみならず人や牛にも襲い掛かり困らせた
その紀州犬は我が家の猫には優しく、共に餌を食べ、共に寝て、外敵から猫を守った
犬を「飼い馴らせた」ことで、人類は他の動物を飼い馴らすことを始めた、家畜化だ
家畜となった羊・山羊・豚・牛・馬・鶏等を、犬は群れの序列下位と見做し統率・保護した
それは人類にとって、牧畜・遊牧の手段を与えられたことになり、そこから文明が生まれた
同様に、栽培植物を育て農業を始めた人類は、害獣や外敵への対策を犬に頼った

こうして見ると、犬を家畜と云うには抵抗があり、犬と人間は五分の共生関係と私は思う
人と人の共生関係も、「偏利共生」を避け「相利共生」の関係であれかし、況や「寄生」をや
「社畜」という言葉、人の家畜化、それは「偏利共生」か「相利共生」かは当人の心次第
今では家庭犬と云う名の愛玩動物になった犬達、皆セラピー犬化したようだ
よって、まま、人間にもセラピー人は有りかも知れんワン

もう一つ、縄文遺跡の犬は埋葬されているが、弥生遺跡の犬には食用の痕がある
恐らくは、狩猟民の縄文人と大陸から来た農耕民の犬への思いの違いであろう
古来、支那・朝鮮では犬は食用、特に赤犬のハナは危ない、肉付きも良い、守らねば・・

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