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ヨモギの青葉が出て来た秋篠川の土手、野鳩がうろついていた
鳩山ではなく、鳩川であってホッとする、鳩山はホンマもんの宇宙人

腰痛に苦しみながらも、気になっている「マッサン」の場面と台詞
「自分は三級酒に癒された、酒に本物も偽物もない、本物とは何ですか」
そのことで成る程と思う言葉に出会った、ミサワホームの社長の言葉である

「バターは、うまいが高くて生産量にも限界がある。経済食糧事情の悪かった戦後日本では、多くの人たちが高価なバターをあきらめて低価格のマーガリンを購入しました。経済が成長し、バターを購入できる時代になったころ、動物性脂肪の摂りすぎが問題にされるようになりました。そして、品質や味の向上もあってマーガリンのほうが、健康面から優れているいるといわれるようになりました。ここに本物を超越した、工業製品の真の姿があります。」

確かに、納得する話である
然し、マーガリンでは美味しいクッキーや料理ソースは作れない
つまり、マーガリンはバターの代用品・偽物であることから別の本物になった
そのことをミサワホームの社長は云いたかったのであろうと思う

企業の診断や成長を論ずる時に、コア・コンピタンス(core competence)を見極める
コアとは中核、コンピタンスとは能力・優位力とかいう意味であろう
その企業が持つ本来のもの、他に比類出来ない特徴、本質的な能力・優位力
コア・コンピタンス、即ち本物を見極める場合の視点として挙げられるものとは
模倣可能性、移動可能性、代替可能性、希少性、耐久性の五点が云われる
コア・コンピタンスの模造を本気で追及すると、違う本物を生み出すことがある
恐らく、ミサワホームの社長が云わんとしたことは、この辺りの話であろう

一方、美術品や骨董品の世界では「本物を見ている回数」が識別眼の違いと云う
ますます「本物とは何や」と思いたくなるが、美術・骨董の真贋とはそうであろう
酒に偽物本物が無いのと同様、人間にも偽物本物は無い、と私は最近思っている
人間という云い方より、人生に偽物本物は無いと云う方が合っているかも知れない
人生には、その人間だけにした分らない本物の意味合いを含んでいると思われる
ただ、その人間が云っていること、行なっていることに偽物本物は、確かにある
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