2015.03.30 ナマコ
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「ナマコ」、黒・赤・青とあるが赤ナマコが旨く、値段も高い

昨夕、電話が入り、三条通りのそば屋さん「かえる庵」に女房殿と出掛ける
塾生が来ていて庵主と酒を飲んでいた、そして私に電話を入れたということ
酒席でマッサン物語に話の花が咲いた、エリーの手紙のことに波及したのだった

今朝五時過ぎに新聞を取りに行くと、道の向うが霞んで見えない
春霞かと、時候の贈り物に莞爾とする
新聞を見て気付いた、今日はもう「マッサン」の放映は無いのである
土曜日最終回のエリーの遺書を見て、私にある老夫婦の想い出が重なった
以下にエリーの遺書の要約を載せる

    大好きなマッサン、
    私と出会ってくれて、ありがとう。
    お嫁さんにしてくれて、ありがとう。
    この美しい国、そして、私のふるさとになった、
    日本に連れてきてくれて、ありがとう。
おかげで私は、とっても素敵なアドベンチャーができました。
だけど、アドベンチャーの終わりが近づいてきたようです。
最後に、感謝を込めて、この手紙を書き残します。
この手紙を読む頃、マッサンは、がっくりしているかもしれません。
    。
    。

    マッサンの夢は、ウイスキー。私の夢は、マッサンでした。
    初めて、告白します。私には、ウイスキーの味が、よく分かりません。
    味が濃い薄い、焦げ臭いとか、スモーキーフレーバーとか、
     ほとんど、よく分からなかった。ごめんね。
    だけど、私にとってマッサンのウイスキーは、
    いつだって、一番おいしいウイスキーでした。
    。
    。
  
    最後に、もう一つ、お願い。
   一日に一度、夜寝る前に、私のことを、思い出してください。
   そして、おやすみと言ってください。
   そしたら、私も、おやすみなさいと言って眠ります。
   マッサンには見えないかもしれないけど、
   私は、いつもマッサンのそばにいます。
   だから、寂しがらないでね。
   ありがとう。おおきに。
   あなたの愛しい妻、エリー。

この遺書を見て思い起した老夫婦とは私の仲人夫婦のこと
旦那さんは終戦時に海軍中佐として大本営軍令部に勤務していた軍人
奥さんは、旦那さんの艦隊勤務や連合艦隊司令部勤務の時でも
家を守り四人の子供を育てた、その一人が私の先輩となった

旦那さんは狐色の焦げ飯が好きなので奥さんは何時もお釜で飯を炊いて焦げを入れた
そして、赤ナマコが旦那の好物なのでよく食卓に出されていた
旦那さんが亡くなって後、先輩から聞いた話に私は唸った
先輩曰く「ウチの母親は広島の山間部の医者の娘で、ナマコやヒトデが大の苦手だった
それで、オヤジのナマコを料理すると手にイボイボ(ジンマシン)が出来ていた」

エリーのウイスキーへの話が、何となく私の仲人夫妻のことを思い出させた
この仲人夫婦の奥さんとナマコの話をすると、ウチの女房殿は機嫌を悪くする
愛の中で最も美しいのは老夫婦の愛だと、それを伝えたかっただけなのに・・
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