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近所の庭で見る紅白の桜(?)、源平桜というらしいが「桃の花」の一種とか

中共が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の参加表明国が四十五か国になったとか
アジアだけでなく南米の国や欧州各国、豪州も参加、むしろ日米だけが不参加という状況
確かに、世界銀行やアジア開発銀行(AIB)があるのに何故、という日米の意見は正論
まして、中共の意向が強く反映されることや運営の不透明さにも懸念が持たれている
しかし、中共は外貨保有の最大国で資金を持つ、インフラ投資のビジネスチャンスを生まれる
そのことが、中共の決める参加期限に世界各国が雪崩をうって参加表明をしたということ
中華復権を唱える中共の姿勢に、支那帝国の朝貢外交、冊封・覇権政治が見て取れる

孤立化する日本の態度はどうするのか、国際連盟脱退の松岡洋右の言葉が思い起こされる
松岡の信条は「たとえ脅かされても、自分の立場が正しい場合には、道を譲ったりしてはならない
そして対等な立場を欲するものは、対等な立場で望まなければならない」とするものであった
昭和八年二月、リットン報告の賛成42、反対1、棄権1の決議に日本代表団は議場から退場
反対1は日本、決議棄権1はシャム(タイ)、「孤立」した日本は三月に国際連盟に脱退を通告
昭和八年十月には、ヒトラーのドイツが国際連盟と軍縮会議から脱退、ヴェルサイユ体制打破

ここから、日本の先の大戦への道のりが始まったとされているが、私は思うことがある
国際連盟脱退の流れと今回の「AIIB」不参加の流れででみる、「孤立・孤独・孤高」
「孤立」とは、仲間が居ない、或いは離れていった「ひとりぼっち」、辛い状況
「孤独」とは、仲間が欲しい、仲間を求めるが居ない「ひとりぼっち」、寂しい状況
「孤高」とは、仲間を求めない、意志ある「ひとりぼっち」、主体のある状況

「孤独」から「孤立」へ向かうことはあっても、「孤立」から「孤独」へ向かうことはない
「孤高」は、自ら内在する不安に打ち勝った状態であり、「孤立」「孤独」の域外にある
つまり、「孤立」は不安に負けて心を閉ざした状態で、[孤独」は岐路に居る状態であろう
こうしてみると、暴発的衝動的な、危険な行動に出るのは「孤立感」によるものと云える

先の日本の選択肢の間違いは日英同盟を放棄したこと、頼りになる仲間を失ったことだ
AIIBでの今これからの選択肢、日米同盟を基幹にするのが正しい選択だと私は思う
支那中共との付き合いには、まずはご用心、「孤高」が日本の道、武士の高楊枝である
「孤高」からの「孤独」は思考と才覚、雅味を磨くものである、皆で「武家茶」をやるのも一興

因みに、大正八年パリ講和会議の国際連盟委員会において、日本は人種的差別撤廃を提案
然し、イギリス帝国の自治領であったオーストラリアやアメリカ合衆国上院が強硬に反対し
議長であったウッドロウ・ウィルソン・アメリカ合衆国大統領の裁定で否決された
国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は日本が世界で最初であった
アメリカはんも所詮はその辺、日本は腹を据えて「孤高」から「勁雅・清冽」の道を求めよう

人生、人も道も似たような話、周りの花が白であれ赤であれ、自分の花は自分の色
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