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パラオ共和国の国旗、日本の「日の丸」に似ている

私は二十歳過ぎの頃、南洋材を運搬する貨物船に乗っていた
ボルネオ島やセレベス島に向かう航路であったが、通信長の行為が印象に残る
五十歳位のその通信長は温厚で人当たりも良く、何かしらの風格があった
部屋には何時も果物が置いてあったが、余り食べずに腐りかけては捨てておられた
私が聞くと、「香りが好きで楽しんでいる」という答えであった

フィリピン沖を過ぎた辺りで、通信長はデッキ出て日本酒を海に撒(ま)いておられた
私は勿体ないことをと思い見ていると、通信長は洋上の先を見つめて私に云われた
「あの向こうにパラオ諸島のペリリュー島と云う島があり、多くの日本兵が死んでいる」
私はパラオ諸島の名は知っていたが、ペリリュー島の名はその時初めて知った

一万余の日本軍守備隊が、四万を超える米軍相手に二か月以上戦い、全滅した島
制空・制海権を奪われ、武器弾薬・食糧も水もままならない中の凄惨な戦いだったとか

 サクラ サクラ ワガシユウダンノケントウヲイノル ワレクノゴチヨウ 
ペリリュー島守備隊通信兵・久野伍長の打ったパラオ集団司令部宛最後の電文
「サクラ サクラ」とは、これより軍旗を焼き最後の突撃をするという暗号文であった
受電したパラオ集団司令部の七名の通信兵全員が泣き崩れたという
私が乗った木材貨物船の通信長、もしかすると・・

本日、天皇皇后両陛下がパラオ共和国ご訪問、ペリリュー島へ慰霊に向かわれる

https://www.youtube.com/watch?v=sQ4T6dmm-k4
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