2015.04.12 養気三猿
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「養気三猿」当代宗家の短冊、先の稽古で床に掛け、「提灯百合」を置いた

「三猿の気を養う」、ということのそうな
三猿とは、見ザル・聞かザル・云わザル、つまり「あれこれ余計な関心を持つな」
よって「養気三猿」とは、余計な関心を持たずに己の本義に打ち込む気を養うこと
まま、そうであろう、猿には気の毒なことながら、礼記・大学の話と比べると面白い
心焉(ここ)に在らざれば、視れども見えず、聴けども聞こえず、食らえども其の味を知らず

私は猿にも心はあると思っている、ただ喰らうことは出来ても、云うことは元々出来ない
故に「見ザル・聞かザル・食わザル」が正しいのであろうが(違うかな)、食わザルでは死ぬる
偉い坊さんも「生」には未練タラタラ、そこで食わザルが云わザルになったのなら、猿も迷惑

六千万年余り前と云われる恐竜絶滅の後、森林の樹上で生活圏を確立した霊長類
その霊長類が、猿とヒトに分化したのは六・七百万年前、木から降りた猿人であったそうな
二十数万年に現れたという現生人は「言語」を持った、つまり「しゃべる・云うサル」になった
アカン、また気が散り云わザルことを書いている、反省
うん?、反省なら猿でも出来るか・・

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