2015.04.30 菖蒲は尚武
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昨日の稽古の床、軸は「遊鯉」に花は菖蒲、まま端午の節句の序幕
菓子は柏餅に、菖蒲の絵姿を沈金と螺鈿で描いた黒塗りの棗と、少々くどかったか

今朝(昨夜?)は二時過ぎまでNHKで安倍総理の米国議会演説の生放送を見ていた
「熾烈(しれつ)に戦い合った敵は心の紐帯(ちゅうたい)が結ぶ友になった」
この文句が総理の考えた「落とし文句」であったようだ、議会は総立ちで拍手していた
議場で、「硫黄島の戦い」の日本軍守備隊長・栗林陸軍大将の孫と米軍帰還兵が握手
まま、それなりの演出を混えながらの発言内容は、正にそれなりの評価を受けたようだ
場外では、朝鮮人売春婦を政治利用するする連中が勝手に騒ぎを作っていた

偶然ながら、昨日の稽古には少々異色の経歴を持つ五十代の御仁が見学に来られた
「武人の茶」というものを見たいと云われたその御仁は、米国陸軍幼年学校の出身者
国籍は問わなかったが、日本名で、言葉もネイティブ日本語、顔もモンゴロイド系で精悍
仏教寺院でも修業され、花もされる御仁で、日本人の原資そのものである
聞けば、友人に戦死者が出たとか、戦後の日本で友人に戦死者が出た話は寡聞

その御仁は遠く東山道のお住いとのことで、車の横での立ち話が何かしら噛み合った
私が、自分の茶が上田宗箇流の中でもアブノーマルなこと、女性を対象にしていないこと
そして、私の茶の稽古は三年を目途として、それ以上の稽古は続けないことを話す
御仁は、戦場へ行く心構えの教育を受けたので、武将が茶に向う心情に思いを馳せたとか
思うに、戦場へ向う際の「別れと再会」を誓う茶もあったろうが、戦場から戻った茶が「茶」
労組のガンバロー型で交す茶は嘘の味がする、戦場から戻った武将の茶に心があること

共に出陣し、戦死体で戻った者や片手・片足を失くした者が喫する一碗の茶
徐々に言葉が少なくなり、死んだ者の席にも廻す一碗の茶、無言の席であろう
と、私は今は亡き父親の戦友会の想い出を語った、小学校五年生の頃のことである
人間魚雷・回天特攻隊の生き残りの父親に連れられ、大津島の記念碑建立式に行った
その後暫らくして、我が家に父親の戦友三人が集まり十数年ぶりという酒宴を持った

初めは大声で笑い昔話に興じていたが、段々に声が小さくなり、時々会話も途切れた
「良い奴ととろい奴から死んで逝った、ワシらは死に損ないの半端モンや」と一人は泣き出し
そして皆は黙り込んで、ただ盃を口に運び、酒を酌み交わしていた
その父親達の、戦友の会合、特攻隊の生き残りの会合の光景が私の脳裏に強く残る
特攻に向う水盃は、最後の者が地面に叩き付けて割り出撃する、生還を期さない「茶」
戦場から生還をした者だけの「茶」とは、語ることも途切れる静謐な「茶」だったであろう

「戦争を知らない子供たち」を歌った私達が、今となると人生そのものが戦場だったと実感
東山道の御仁と、こんな話をしているとつい長話となり、御仁の帰宅を遅れさせてしまった
走り去っていく御仁の車に露地送りをしながら、少々語り過ぎを反省する私であった
菖蒲は尚武の花とも云うが、戦場は無いに越したことはない



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