2015.05.05
2015042616070000_2015050506504232e.jpg
公園の藤棚、微かに香り心が和む

世に「源平藤橘・げんぺいとうきつ}と呼ばれた日本の家柄の貴種とされるもの
いわゆる、源氏・みなもと、平家・たいら、藤原・ふじわら、橘氏・たちばな、である
最も古いのが藤原姓で、中臣鎌足が天智天皇から賜わった大和・高市郡の地名

鎌足以外の中臣一族も藤原姓を賜ったが、後に鎌足の子・不比等流だけに限定
不比等の死後、四兄弟が北家、南家、式家、京家を起したが、北家が主流となる
そして、公家社会の高位を占有し五摂家・清華家・大臣家などの 多くの家門に分かれた
昇殿の出来ない下っ端公家となる地下家は、都を離れ地方に下る者も多かった
下った地方で、武家の名門として地方に勢力を扶殖し、戦国時代に大名としてあらわれる
伊達氏、 結城氏、上杉氏、竜造寺氏など、いずれも藤原氏の流れを汲んだ諸氏 であった

ここで面白いのが「藤家紋」のこと
藤原氏の家紋は名字にちなんで「藤」とされると思いがちだが、ところがどっこい
藤原一族の家紋を見ると摂関家筆頭で嫡流の近衛氏が「牡丹」、 次席の鷹司家も「牡丹」
続く九条・二条・一条家が「藤」紋、他の公家をみると、三条家が「唐花」、西園寺家が「巴」
徳大寺家が「木瓜」、今出川家が「楓」、冷泉家・大飯御門家が「酢漿草」紋を 用いている
因みに、上田家当代の奥方の実家は清華家侯爵の花山院家 で家紋は「杜若菱」である

藤原氏系武家では、伊達氏が「引き両」、上杉氏が「竹に雀」、 宇都宮氏・小山氏らが「巴」
伊東氏が「庵に木瓜」、大友氏が「杏葉」、竜造寺氏が「日足」、 藤紋を用いる家は少数派
どうやら、家系を藤原氏に求めた家の多くが藤紋を用いているようだと、研究調査がされている
何かしら、権威権力にすがる小者というか、位打ちに弱い輩の心中が透けて見える話である
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/683-e61553ec