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フィンランド製のナイフ二本差し、大は二寸五分、小は一寸五分
岡山の茶友から茶壺の口切り用小刀のことを聞かれ、これを見せた
初回の口切りは大で、二回目以降は小で切るようにしている
本来相応しいのは日本刀の小柄(こづか)だが、今は手に入り難い
依って一般には木工用の小刀の柄のないものが実用的だろう
確かに、切れ味は日本の刃物に勝るものは無い
では、何故このナイフを使うか、大小セットで恰好良いからだ

 刃物の流れとして、茶事料理のことに私見を少々
「男子厨房に入らず」と云われ、男子は料理をしないものというのが定説の如くになっていた。
最近は共稼ぎ夫婦や「ヤサシイ男」とかで「男子厨房に入るべし」だとか「男の料理教室」なるものも世に認知されて来ているようだ。
そもそも「男子厨房に入らず」とされる理由として、一つは日本神話の中でスサノオノミコトが食事を用意した大気都比売神(オオケツヒメノカミ)を殺すが、その大気都比売神が台所のかまどの神だとする話から来たもの、もう一つは「孟子」の中にあり、「君子、庖厨を遠ざくる也」つまり食材に牛豚を殺戮する場面を君子には見せぬものとする話から来たもの、とか何とかだそうだ。

 然し、四条流の包丁式というのがあるように、公家や武家で包丁を扱うのは男であり、大名の賄方とは士分格、武士の職位とされていた。
洋の東西を問わず板前やコックという調理人は男の職域であることは一般常識ともいえる。
ここで私は、だから「世の男も料理を」云々と世に迎合するような話をするつもりは毛頭ない。

 云いたいのは、武士(もののふ)が戦場(いくさば)で用意し、心得ねばならぬこと、それは何かということである。
先ず武器甲冑の用意・手入れは当然として、次は水食糧であろう。
一日二日の合戦なら、握り飯と水筒で事足りようが、一か月二か月を超える長期戦になるとそうは行かない。
水と食材の確保、その煮炊きと調理、それらを段取り良く手早くこなすことこそ武士の心得である。
いくさば(戦場)の限られた中での料理と茶の振る舞いこそ陣中茶事であり、そこに風流があれば、武士の茶の湯であると私は思う。

 千家さんのことはいざ知らず、武家茶道にあっては亭主自らの料理や包丁を捌くことは、茶の点前と同様に茶事の本懐と思う。
菜切り包丁に加え、出刃包丁や刺身包丁の一本は自前のものを持ち、手入れを欠かさぬこと肝要かと。
また、食材は手元にあるもので結構と思っている。昔なら前の畑の菜を採って、今なら近くのスーパーにて求め、或いは冷蔵庫の中にあるもので、というのが私の茶事の基本としている。
「ご馳走とはあちこちと良い食材を集めに馳せ走る」とか云々、それがオモテナシ云々、それは旅館・料亭の話と云うものだろう。
私見とは云え、勝手なことを書いた。
フィンランドは親日国と聞く、東郷ビールが有るとか無いとか。
飲んでみたいものだ。




 
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