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左がmt(ミトコンドリア)遺伝子の亜型分類体系、右がY染色体遺伝子の亜型分類体系
今の人類・新人(ホモサピエンス)の遺伝子は全てこの中に入るとされている
が、Aより前の型を持つ人間が見つかったという話があった、アフリカ出身という
遺伝子の識別アルファベットは、mt遺伝子とY染色体とは相互関係はない別物

mt(ミトコンドリア)遺伝子は母親から娘に代々受け継がれる遺伝子
Y染色体遺伝子とは父親から息子に代々受け継がれる遺伝子という
亜型分類体系とは遺伝子の突然変異種を分類し体系化したもの
遺伝子の分布地域が示されているが、それは其の人類の本貫地、本籍地域
つまり、有史以前のもので今の人種編成とは違い、アメリカとはネイティブのこと

mt遺伝子はL0からL3まで大きく四つに区分され、L0からL2はアフリカだけ
L3は二つに分かれ、そこにMN型が現われるが、それが出アフリカの集団となる
このMN遺伝子は更にM型とN型の二つに分かれ、また更に其々が分岐していく
mt遺伝子の分岐を遡ると「人類の母・イブ」という一人のアフリカ女性に辿り着くとか

Y遺伝子も大きくA・BRに区分され、AとBはアフリカだけで、BRから分れたのがCR
このCRが「出アフリカ」集団で、インド半島の西辺りに来てC・DE・FRの三つに分かれる
その後、C型はインドから北と西の二方向に別れてユーラシア大陸を進んだようだ
Y遺伝子を遡ると、やはり「人類の父・アダム」という一人のアフリカの男性に辿り着く

北へ中央アジアからシベリヤまで行ったC集団は、ベーリング海峡を渡りアメリカ大陸へ
このC集団は、いわゆる「ギャートルズ」のマンモスハンター集団であった云われる
このC型集団の一派は地続きの樺太・北海道から日本列島にも入った

インドから西へ向かったC集団は、スンダランド(海面が下った広大なインドシナ大陸)へ
更にスンダランドと略地続き状態であったオーストラリア大陸に入った
そして、スンダランドから北上したC型一派はやがて日本列島に辿り着く

FR型もC集団と同様に北へ向かい、中央アジア辺りで東西に分れて進んだ
勿論、そのままC型集団と共にシベリヤに向った者はN型となり、日本にも入った
東に向かった者はKR型となりアジア各地に拡がった、その最大集団がO型である
O型集団の一派は支那大陸と地続きの台湾に居て、海面上昇で島となってから動いた
そのO型はフィリピンから東南アジア、ポリネシア、遠くはマダガスカル島まで行き着く

西に向かったFR型はウラル・カスピ海を越え、ヨーロッパ大陸に入りFJの各型に分化
そして、ヨーロッパ辺りに居た旧人ネアンデルタールと交配して今のヨーロッパ人となった
北欧人の白肌、金髪赤毛、碧眼はネアンデルタール人の形質を受け継ぐと云われている
中央アジアではネアンデルタール人の亜種・デニソア人が居た痕跡と人骨が見つかっている
その遺伝子はメラネシア人に残され、遠く太平洋の彼方まで来ているとの話である

では、「出アフリカ」をしたDE型の人、つまり原日本人である縄文人の祖先はどうしたのか
続く
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