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マンモスハンター「ギャートルズ」、園山俊二原作

昨日は所用で出掛けたので話が中途半端に切れてしまった、追記する
現在のアフリカ黒人・ニグロと云われる人達の祖先のことである
解り易く云えば、オリンピックの短距離・長距離で活躍する人達のこと
短距離ではアメリカやジャマイカの選手が多いが、彼等は西アフリカ黒人の子孫
長距離ではエチオピア、タンザニア、ケニアの東アフリカ人が多い
彼等アフリカ黒人と云われる人は、「出アフリカ」を果たした人類DE型の出戻り組
「出アフリカ」をしなかった生粋のアフリカ人とは、A型のコイサン族やB型のピグミー族
今、黒人としてイメージされるのは東・西アフリカの黒人であろう
その黒人とは、日本人の同じ系統であるDE型から分れたE型集団の子孫である

以上が昨日の追記である、以下は北へ向かったD型のこと
DE型から分れて東に向かったD型はスンダランドからの消息が消えてしまった
スンダランドへの途中でアンダマン諸島に取り残されたのがD型がアンダマン原住民
DE型の分岐後、インド半島の西を北へ向かったD型の説が有力視されている、その話
恐らく、「出アフリカ」を果たした人類で、早くに移動を始めたのはC型だったと思われる
東へ向かったC型はC1型に、北へ向かったのがC2とC3型になりアメリカまで到達

マンモスハンターC1型の後を追う様に北へ向かったD型は中央アジアから東へ進んだ
シベリア南部から東アジア一帯にD型集団が拡がり、その地で暮らしていたであろう
FR型も中央アジアへ入り、更に北東へ進んだのがONに、欧州へ進んだのが他のFRに分化
ON型はNとOに別れ、N型はシベリア一帯からウラル山脈を越え今のフィンランドへ
O型はD型の後を追うように、満蒙の地から東アジア全域に入り込んでいった
そして、先に居たD型集団を圧迫し殲滅して行ったことが類推される

東アジア一帯のmt遺伝子は似た分布を示しているが、東アジアのY染色体D型は略消えた
D型集団の女は残されたが、男は殺されるか奴隷にされ子孫を残すことが出来なかったのだ
現在、D型が残っている地はチベット山岳と日本列島のみ、他には東回りD型のアンダマン島
チベット・ブータンでは50%がD1型、日本列島のアイヌ人88%本土人40%沖縄人60%がD2型
アンダマン原住民の100%がD*型、近年に中央アジア南部、グァム島やタイでD*が見つかった
グァム島やタイのD:*はスンダランドに入ったD型の生き残りであろう、D*型だけである
東アジアからD型男性を駆逐したO型は支那南部でO1に、当時陸地の東支那海付近でO2に
そして黄河流域から勢力を伸ばしたがO3、今や支那全域に広がる支那人・漢族の遺伝子だ

O3型に圧迫されたO2は揚子江付近からベトナム・タイへ移りO2a型に
東支那海付近にいたO2bは朝鮮へ行きO2b1bに、沖縄に渡った人はO2b1aに
支那南部に居たO1は、台湾からフィリピン・マレー半島・インドネシアへ
更に、マダラスカル島、オセアニア諸島へと拡がった
東アジア全体で見れば、女性遺伝子の分布にそんなに極端な変化はない
然し、男性遺伝子分布にはその経路と盛衰が見てとれるということになる
似た例として、フィンランド人の遺伝子がある、女性は北欧女性と同じ遺伝子分布
それが、男子はON型のNの遺伝子が60%を超える、シベリア人の遺伝子である

五万年以上前にインド半島の西から移動を始めたD型集団は、まさに滅びの血筋
チベットへも支那人の進出が強まり、チベット人は民族の独立を失い圧迫されている
アンダマン諸島では、原住人の人口は十分の一以下になった、今後の隆盛は見込めない
こうして見ると、日本列島は希少なD型が隆盛する唯一の地と云える
日本列島のD2型は日本列島独自の型であり、O型のO2b1aも日本独自の型である
歴史で学ぶ縄文人文化とは、この二つの遺伝子の持ち主が連携して作ったもの、と私は思う
そこから見えて来る日本列島人、その織り成した物語とは壮大で友愛に満ちたもの
続く
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