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第一図は現在の日本列島におけるY染色体の分布
D2とC1型は日本列島特有の亜種、C3型は中央アジアから蒙古・満州・沿海州にも分布
O2b型はニ種に別れ、が大陸から列島に来て日本で変異を遂げたO2b1a集団が24%
朝鮮半島から何らかの事情(文化移入や戦争難民)で日本へ来たO2b1b集団が8%
沖縄にもD2男性が多く、大陸から琉球に移住して来たO2bが本土に拡がっている


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北海道縄文人のmt遺伝子(女性からの伝達遺伝子)の構成
mt遺伝子の識別記号、D・M・G・N等の文字はY染色体識別記号とは無関係
同じ記号であっても、タマタマ同じ記号を使っているというだけである
第二図のアイヌ人のY染色体遺伝子ではD2が88%、C3が12%である
これは北海道に来た縄文人D2男性の連れ合い、当初ペアはmt-N9bの女性
マンモスハンター「ギャートルズ」C3男性の当初ペアはmt-Dの女性であった
mt-Gの女性は少し遅れて沿海州辺りに来た集団の女性で縄文人に嫁いだようだ
そしてmt-Ma、この女性は琉球列島に来たO2b1型男性の当初ペアであった
つまり、大陸から逃れO2b1男性と共に海洋縄文人の船と列島に来た女性である
当初の縄文人は、比較的限られた女性の中で嫁取りをしていたということになる
それが・・


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第三図は日本列島の女性遺伝子の分布と構成である
列島の男性の比べるとその多様性に驚かされる、大括りのmt-M・N・Rとは、
先にも書いてように「出アフリカ」時にアフリカに居た遺伝子集団に話になる
L*・L1・L2・L3という四つのmt遺伝子集団があり、L3集団の一部が「出アフリカ」
他の集団はそのままアフリカに、「出アフリカ」をしたL3女性はMとN型に別れた
mt-M型は主にアジアに、N型は中央アジアからシベリア・、更にR型に変異し欧州へ
この中で、日本固有のmt遺伝子変異はN9b型とM7a型、縄文人の当初ペアの女性

D2男性の当初ペア・N9bの女性が、D2男性に比べ列島で激減していること気が付く
そしてO2b1a男性の当初ペアM7a女性は、D2男性にも嫁して拡がっているようだ
その現れとして、北海道へはO2B男性は渡っておらす、M7a女性は渡っている
そして不思議なことに、日本女性の1%位に欧州人のmt遺伝子が入っている
欧州人の男は日本列島に来たこともあり、そのY染色体遺伝子が残っても不思議はない
然し、欧州人女性が日本列島に来たのは明治以降と二次大戦後であろうと思われるが・・
どうしてその遺伝子が、何時何処から、どういう形で入って来たのか、不思議である

さてさて、縄文人の嫁取りの実態とは興味が尽きない
少々くどい気はするが、女性のmtミトコンドリア遺伝子の系統図を付けておく
続く, ↓.

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 アフリカのL3亜型集団から派生したM系統とN系統のグループが、出アフリカを決行?し
この中、M系統のグループは、アジア地区の範囲だけで繁栄し
N系統グループの方は、分岐を繰り返しながらアジアからヨーロッパまで
いわゆるユーラシア大陸全体で繁栄している様子を見事に表している
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