image009.gif
日本列島に人類が現われたのは、樺太を経て北海道に来た縄文人であるとされる
最初に北海道に入ったD2男性の当初ペアがN9b女性、連動して来たC3男性の当初ペアD女性
G女性は沿海州辺りのオホーツク人の女性、M7a女姓は大陸から列島に来たO2b男性のペア
まあ、云わば北海道縄文人は身近の女性を嫁にしていたことがみてとれるが、その中でM7a女性
津軽海峡まで北上して来た栽培縄文人O2b集団だが、女性だけが海峡を渡り、D2男性に嫁した
その時の縄文人は当初ペアを伴い本州は勿論、沖縄まで進出し、その地で生活圏を築いている
そんな環境の中、他集団の娘が自集団の男性を置き去り、北海道へ渡っていることが興味深い

1image002.gif
関東地方に生活拠点を築いた初期縄文人のmt遺伝子割合である
北海道から本州に渡ったD2とC3の縄文人は、内陸縄文人として狩猟と湖水漁労をした
然し、湖水の減少で沿岸漁労から、遠洋航海する海洋縄文人になるD2集団が現われた
人類史上初とされる磨製石器による木材加工技術に加え、栽培縄文人の麻の栽培だ
この二つの道具は、大型船の建造を可能にし、それに麻と黒曜石は弓の発明となった
mt遺伝子A型はシベリア付近からの女性であり、mt遺伝子Bとは南洋諸島の女性である
そして、妙なことに初期ペアであったN9b女性の遺伝子が見当たらないのである

調査資料では東北縄文人12体のデータは、M7aが6体、N9bが5体、Dが1体だった
mt-M7aが最多だから、Y-O2b1男性集団が縄文時代に東北に広がっていた事を示唆する
mt-Dの存在は、Y-C3と共に本州に拡散した女性とすれば、Y-C3の当初ペアであり
つまり、内陸型縄文人の生活仕様であれば、N9b女性はそのD2男性とペアであり続けた
それが、海洋型縄文人となると、N9b女性は見捨てられたというか、子孫を残せなかった
そして、海洋型縄文人D2男性は南洋諸島のmt-B娘を連れて帰り嫁にしたことを物語る

image004.gif
関東の中期縄文人のmt遺伝子を見ると、関東縄文人は更に海洋進出をしたようだ
B型に加えF型は南方アジア系遺伝子であり、A型は北方アジア系のmt遺伝子である
関東への移入遺伝子は女性ばかりであって、男性Y遺伝子に移入遺伝子が見られない
関東縄文人は娘を連れ帰るが、男は連れ帰らなかったということになる、何故だろうか

考えられるのは二つ、一つは交易の対価として交易相手が娘を与えたということがある
それは、相手にとって海洋縄文人が娘を与えるに足る集団であると見たからであろう
奴隷や人身売買の類で移入されたのなら、本妻であるはずのN9b女性が残ったはず
二つは恋愛による行動である、当時は女性の意思と行動が結構自由であったということ

逞しくて生活力がある男性集団に憧れる娘が多く、私も私もと縄文男性と恋をした・・
当時の縄文男性は原日本人、恋仲になった女性には責任を取る形で連れ帰って来た
相手集団から分れて惚れた男と縄文船に乗り込み、父母親族と手を振り別れゆく娘達
縄文の雄大壮大な浪漫、南洋の海は別れの涙と未来の希望を乗せた縄文船が行き交った
この二つ目の話、少々私見も入ってはいるが、実態に近いと思っている

nipponn_to_syuuhenntiiki_no_mtDNA_bunnpu.jpg
日本列島周辺のmt遺伝子の比較である、縄文人の嫁取り話の最後として付言する
以前、私は沖縄が原日本人というか縄文人の本拠の一つだったと書いたことがある
その話の裏付けでもある、この表を見ると沖縄のmt遺伝子にM7a型とN9b型が見られる
M7aは東支那海平原からO3支那・漢族に追われて列島に移住したO2b男性の当初ペア
N9bは北海道から入り沖縄まで来たD2男性の当初ペアの女性である

沖縄の男性Y遺伝子はD2型が六割、O2b型が二割強を占め、北方型C3型が見られない
然し、日本だけで見られる南方型のC1が一割弱見られる、恐らくO2bと来たのだろう
D2男性がN9b女性と船で来て定着した後にO2b集団が移住して来たと思われる
然し、D2男性集団の当初ペアであるN9b女性遺伝子はM7a遺伝子の数分の一である
D2男性がO2b男性の倍以上であるのにである、関東のN9b女性消滅と似ている

このことは学者の深い考察が待たれるが、私の思うところは二つある
一つは、北方体質の出自であることから、南方の環境では子孫が増えなかったのか
二つは、漁労海洋集団の女性であったため、栽培型集団の女性と比べ働きが悪かった
つまり、日常生活の場で適応力に劣り、哀しいが徐々に立場を失っていったのだろう

縄文人の嫁取りには、ある特徴的なことが読み取れる
日本列島の縄文人男性は、これほど多くの女性遺伝子を集め残しながら
自分達のY遺伝子は列島の外に出ていない、列島の外に子孫を残していないのだ
これをどう考えるか、日本列島男性の矜持と優しさだと私は思っている
人類史上、勝者となった男性は敗者側の女性に自分の遺伝子を残すことが通例
この手の話は、人類だけでなく多くの動物も同様で雄の本能行為であると云える

だが、縄文人男性固有のY遺伝子D2型は日本列島以外にどこにも見られない
同じく列島固有のO2b1a型も列島以外には朝鮮半島の南部に見られる程度である
O2b集団は大陸でO3集団に圧迫を受けて二つに分かれ、日本列島と朝鮮半島に渡った
ところが大陸と地続きの半島には、O3型漢族やC3型の蒙古や満州・ツングース系が侵入
そのため、朝鮮半島のO2b集団は侵入者の支配を受け続ける歴史を残した

海に守られた日本列島、D2縄文人の海洋文化と嫁取り行為やC3縄文人の内陸文化
それにO2b1a栽培縄文人が持ち込んだ照葉樹林文化が融合し、日本文化の基層となった
照葉樹林文化に焼畑栽培がある、その中にいわゆる「山茶・ヤマチヤ」が出て来るのだ
長く引きずり、お目だるいブログ記事となったが、これにて「人類皆兄弟」は終わりとする

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/746-4a5e7933