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朝夕に涼風が流れる様になった、爽やかな朝顔が秋を告げている

「縄文蓮」のコメント欄に廃医師はんからの書き込みがあった
もう医師は引退はされているが、正に「博覧強記」の見本ような御仁
コメント欄は見落としがち故、ここに掲載する

名前:廃医師
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 日本人の起源とは基本的に日本語の起源の問題と言うことになります。日本語は文法的にはアルタイ語族~諸言語に近いが、基礎語彙などで共通性が少なく、現在の日本語形成論の主流は、日本語は近隣の語族に帰属しない孤立言語(唯一、姉妹語の琉球諸語などと併せ、日本語族、或いは日琉語族を形成する)であり、その形成には、南方系の言語(南島語族の言語を想定する論者が多い)を基層として、アルタイ系の上層言語が被覆して形成された「混成語」(混合語)であるという主張でしょう。
 UNESCOが日本国内には8つの少数言語があると認定していますが、それは上代日本語東国方言の直系の子孫「八丈語」(八丈小島で話されている)、琉球諸語(奄美、国頭、沖縄、宮古、八重山、与那国の6言語)と、唯一日本語族(日琉語族)に属さない『アイヌ語』の8言語です。さて、日本語が縄文人の言語の直系であるならば、縄文人主流派のY-D1b(旧分類では,Y-D2)が80%以上を占める少数民族アイヌ民族の言語が、日本語族に属さない事は、説明できません。
 アイヌ語から類推される限りでは、上代日本語以来の日本語族の特徴である語彙の開音節構造(母音終りで子音で終わる音節が存在しない)などはアイヌ語の特徴ではありません。これらの開音節構造、語頭に流音(ラ行音)や濁音が立たないなどの古い特徴は、縄文人ではなく、弥生人の言語の特徴と言うことになりますが、先ずアルタイ系の影響を受けたものと考えて良いでしょう。東アジアで繁栄したY-O系統の諸言語は、Y-O1が、南島語族とタイ・カダイ語族,Y-O2aが南アジア語族、Y-O3aが、漢蔵(シナ・チベット)語族とミャオ・ヤオ語族という主な分布を示しています。渡来系弥生人と考えられるY-O2b(O2b1-47a含む)は、隣国の朝鮮半島でも多いのですが、O3系総計よりは少ない比率です。従来は,Y-O3系を細分化し過ぎて比較していたため,Y-O2bが韓国で最多と考えられ、従ってY-O2bこそが、韓国朝鮮語の話者であり、日本にもその話者が流入したものがY-O2bだと考えられていました。しかし、実はY-O2bは、南アジア語族の国々であるヴェトナムやカンボジアでも,Y-O2a Y-O3系の膨張に押されて南下した歴史を考えると、その一部が、朝鮮半島や日本列島に入ったと考えれば、合理的に解釈できます。
 2013年の日中共同研究で、栽培稲は中国華南の珠江中流域の野生種から、先ずジャポニカ種の栽培稲が確立され、その後の野生種との交配により、インディカ種が成立したことが判明しています。長江中下流域から温暖期に山東方面に進出した南アジア語族系のY-O2b集団が、殷周革命前後に、気候の寒冷化と民族移動の波の中で、朝鮮半島・日本列島へと移住して来たと考えれば、日本の弥生時代の開始時期と日本列島への日本語の到来とを同時的現象として、説明できます。彼等こそが、山東方面でアルタイ系の言語と接触して、南アジア語族と言う南方系の言語(南島語族とアウストリック大語族を形成する)に、アルタイ系の文法と少数の基礎語彙と北方系モンゴロイドの形質の獲得という「アルタイ化」を成し遂げ、日琉祖語を山東方面で形成し、朝鮮半島を経由して、日本列島に入って、縄文人と同化して、現代の日本人の祖先となった集団だと考えられます。

 縄文系の人々も積極的に弥生人化している事は、弥生時代前期の甕棺(九州北部)に、北部九州型(渡来系)と西北九州型(在来縄文系の形質を持つ)が存在する事から明らかです。むしろ積極的に灌漑水田農耕を採り入れるために、渡来系弥生人を迎え入れたのが縄文人であり、融合した弥生人諸部族は、共通の大倭王に、感謝の意を込めて、在来系弥生人(すなわち縄文系の弥生人化した人々)の首長を、推戴したのでしょう。そうだとすれば、いわば渡来系と縄文系の融和の象徴としての大王家=天皇家の血統が古くから尊重されたのも、当然だと思われます。
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