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花虎の尾、角虎の尾ともいう、シソ科で北アメリカ原産、大正時代に日本へ入った
時期的には夏から九月一杯だが、今年は今が盛りの様にあちこちで見る

日曜日の稽古の後、ラグビーワールドカップ日本対南アフリカ戦の録画を観る
朝一番に買うていた黒光りがしているスルメイカの皮を剥ぎ造りに、足は煮付け
薩摩焼酎を湯呑に注ぎ、ラグビー観戦の支度を整えた、至福の時間である
勝敗は既報で知ってはいたが、試合の場面は新鮮で観ていて力が入った
格闘球技と云われるだけあって、ついついこちらの体も動いてしまう

三点リードされていた残り時間二分の場面、日本チームの攻撃は圧巻であった
南アゴール前で南アが反則、ペナルティ・キックで同点引き分けという選択もあった
強豪南アを対手に引き分けることでも、日本ラグビーとしては大殊勲である
ところが、日本チームはトライの五点を狙いスクラムを選択、つまり勝ちにいった
少々泣かせる選択であった、ゴール線上にボールを持ってなだれ込んだ日本チーム
ビデオ判定でノートライ、そして残り時間が無くなりゲームが切れると日本の負けである
何度も何度もトライを狙って突っ込む日本、それを何度も何度も撥ね退ける南アフリカ
そして漸く相手守備を割り、相手ゴールにタッチダウン、トライを決め勝利した
日本応援団だけでなく、他の多くの観客がジャパンコールをして感激する姿があった

私はもう一つのことに感激した、それは南アフリカチームのフェア精神である
ゲームを切って時間切れに持ち込まず、日本チームのスクラム選択を受けて立ったこと
紳士のゲームとか、騎士道スポーツとか云われる所以が表されていることを見て取った
そして、あることに気が付いた、ラグビーワールドカップは国際試合ではないということだ
日本チームの選手二十三名の中に八人の外人選手がいることである
その国のラグビー協会に三年以上所属すればその国の選手として出場出来る
正確に云うと、その国とは国ではないこと、国とは大英帝国ただ一つということだ

大英帝国の植民地間で行なって来たラグビー大会というのが本来の姿
その選手は全て大英帝国の臣民と植民地の原住民で構成されていたのである
故に、どこの協会に所属しているかが問われるだけ、国籍や人種・民族は問われない
そこがオリンピックとの大きな違いになる、オリンピックは明解に国別対抗競技となる
「国」の概念が見直される話で、国とは「帝国」のことだったと改めて気付いたのだ
ローマ帝国であり、モンゴル帝国である、大英帝国が「国」であり、他は地域ということだ

私の存念の中にあった「国」や「国家」というものへの違和感が再確認された
世界というか、地球上の人間集団の括りとは「領土国家」でなく「民族の国」だということ
従って、国家間の交渉つまり外交や協定・条約なんぞも本来は民族間で行うべきもの
例えば支那共産帝国とではなく、大和民族とチベット民族、或いはウイグル民族という話
更には、大和民族とアイヌ民族との対等な協定や条約、その交渉もあって然るべきもの
そういうと、「イスラム国」は「国家」ではない「国」の正しい概念なのかも知れない・・

領土・国籍の概念がない「ユダヤ」という「国」は既に存在しているし、華僑集団もそうだ



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