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コスモス、和名は秋桜花、花言葉は「世界・宇宙」
明治二〇年頃にイタリヤ人が日本に持ち込んだと聞く
私の中学校の学級同窓会の名称を「コスモス会」としている

 先の日曜日には吉野へ足を延ばし、八〇〇年余り続くという鮎料理屋で会食をした
四九代目という其の店の当主が云うには、義経千本桜の話にも其の店の名が出て来るとのこと
ふむふむと、話に頷きながら木造三階屋の階段を上がると、景色の良い広間に席が用意されていた
鮎の造り、塩焼、甘露煮、揚げ煮、潤香(うるか)、鮎姿鮨等々、まま鮎尽くしであった

私は小学校一年の夏から三年の夏まで、吉野川の川岸で暮らした
その時の旧友というか、私の一番古い付き合いとなる幼馴染の歯科医師と一緒であった
もう一人は、中学高校の同級生で、今春に大学の考古学教授を定年退職した男である 
実は中学の時に、私と其の歯科医師、考古学教授の三人で吉野大台ケ原でキャンプをした
寝ていた我々のテントで、ガサガサという足音とテントに鼻を擦り付け嗅ぎまわる音がした
その音と外の様子で目を覚ました三人は、暗黙に「熊だ」と察知、一瞬に緊張が高まった
三人は手に手にナイフや包丁を持ち、熊が侵入して来た際の手筈を決め、静かにその時を待った
中学二年の夏、生涯で初めて命を懸けて戦う覚悟をした場面であった

 熊の足音がテントから離れ、遠ざかって行った様子に、テントの窓から外を確認した
三人はテントの外へ怖々飛び出し、わき目もふらずキャンプ場の風呂場に逃げ込み一夜を明かした
命を懸けて敵と戦った仲間同士の関係を戦友というのであれば、その時の我々三人は戦友だった
翌日の新聞には「中学生が熊に襲われる」という見出しの記事になって載った
後で振り返ると、三人とも誰も熊の実物を見ていないのであったが、熊であったと信じて疑わない

 考古学教授は定年退職を記念して、「私の出会った生きものたち」というエッセイ集を上梓した
そのエッセイ集を我々二人にも送ってくれたことで、吉野の地で想い出を語る集いとなった
そのエッセイ集には、勿論のこと、クマとの出会いが鮮明な記憶で記載されていた
奥方殿も同席しての鮎尽くしの料理と共に、持参したそのキャンプの写真も話のご馳走となった
友の長生きを心で祈った
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