無題
多くのワニに見つめられながら湾岸に降下する落下傘、降下者の気持ちや如何
こんな事態になった責任はどこにあるのか、だれの責任か、と云うても詮無いこと

甘利明経済再生相が地元事務所の金銭授受疑惑の責任をとり閣僚辞任とか
金と女に関する政治家への責任追及は、国政の重要課題より大きく取り上げられる
この金と女のことで責任を問われた政治家として、三木武吉の話がおもしろい
今の自由民主党を作り上げ、政界の寝業師とも呼ばれ、中学校は二校で退学になった好漢
先ず、その三木武吉の「金」に対する責任追及と三木の回答とは

>「名前は言わないが、某候補は家賃を2年分も払っていない。米屋にも、1年以上ためている。
このような男が、国家の選良として、議政壇上で、国政を議することができるでありましょうか。
某候補のごときは、いさぎよく立候補を辞退すべきものと、と演壇場で三木を批判した。
すると三木は次の演説会場で、
「某候補がしきりと、借金のあるものが立候補しているのはけしからんと、攻撃しているそうだが、
その借金がある某候補とは、かく言う不肖この三木武吉であります。
三木は貧乏ですから、借金があります。
米屋といわれたが、それは山吹町の山下米屋であります。
1年以上借金をためているといわれたがそれは間違いで、
じつは2年以上もたまっております。家賃もためているのは2年以上ではない。
正確にいいますれば、3年以上も支払いを待ってもらっておるわけです。
間違いはここに正しておきます」と反論し、
会場は拍手と爆笑に包まれ、「えらいぞ、借金王」と野次が飛んだ。
その会場には、三木の大家や借金先の山下米店の主人山下辰次郎も来ており、
その後、三木に促されて両者とも立ち上がった。
その時山下が「私は米屋の山下です。
どうか皆さん、三木先生をご支援願います」と述べ、
すっかり参った坪谷はそれ以来三木の借金の話をしなくなった。<

次に女関係に対する責任追及への三木の回答

>「戦後男女同権となったものの、ある有力候補のごときは妾を4人も持っている。
かかる不徳義漢が国政に関係する資格があるか」と相手候補の福家から批判された。
ところが、次に演壇に立った三木は
「私の前に立ったフケ(=福家)ば飛ぶような候補者がある有力候補と申したのは、
不肖この三木武吉であります。なるべくなら、皆さんの貴重なる一票は、
先の無力候補に投ぜられるより、有力候補たる私に…と、三木は考えます。
正確を期さねばならんので、さきの無力候補の数字的間違いを、ここで訂正しておきます。
私には、妾が4人あると申されたが、事実は5人であります。
5を4と数えるごとき、小学校一年生といえども、恥とすべきであります。
1つ数え損なったとみえます。ただし、5人の女性たちは、今日ではいずれも老来廃馬と相成り、
役には立ちませぬ。
が、これを捨て去るごとき不人情は、三木武吉にはできませんから、みな今日も養っております」
と愛人の存在をあっさりと認め、さらに詳細を訂正し、聴衆の爆笑と拍手を呼んだ。
「およそ大政治家たらんものはだ、いっぺんに数人の女をだ、喧嘩もさせず嫉妬もさせずにだ、
操っていくぐらい腕がなくてはならん」
と、男っぷり溢れる発言をしたり、松竹梅といわれた3人の妾を囲ったりした。
(ちなみにこれは、愛人のランクではなく、実際に名前が松子、竹子、梅子だった)
松子には神楽坂で待合茶屋を持たせた。晩年も精力に衰えはなく、
72歳で亡くなるときも愛人が5人いたという。
その一方で愛妻家でもあり「本当に愛情を持ち続けているのは、やはり女房のかね子だ。
ほかの女は好きになった…というだけだ」と述べている。
妾たちもかね子を別扱いにして、世話をしていた。<

三木武吉は昭和三十一年に七十二歳で没した、今の私も近い年齢である
まだまだ私は金と女に修業が足らんと、自戒する今日この頃

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