2016021510590000.jpg
寒風吹くこの時期、裏の藪にポツリと花を付けていた一重山吹、日本原産
花言葉は「謙遜」「気品」、日本の花に相応しい言葉である

今朝のNHK朝ドラ「あさが来た」は面白い場面であった
早稲田大学の創設者・大隈重信と日本女子大創設者・広岡浅子の対面場面
日本女子大の創設には大隈が関わっていたということを初めて知った
確かに、早稲田大学と日本女子大は何となく交流があったのは気付いていた
今で云う「合コン」とかも両校の間でよく行われていたのも納得である
そして更に、日本女子大の創設事務幹事長をしていたのは中川小十郎であった
中川とは浅子の加島銀行に勤めた後、立命館大学を設立した御仁である
つまり、早稲田大学と日本女子大、立命館大学の創設には繋がりがあったという

慶応大学創設の福沢諭吉、同志社大学創設の新島襄(妻・八重)は有名である
近代大学制を定めた文部卿の大木喬任、明六社の森有礼、攻玉塾を創立の近藤真琴
同人社の中村正直と共に「明治六大教育家」としてと呼ばれ、追悼された
大隈は、この「故六大教育家追頌式」の主催者で生きていたので除外されたとか
よって、大隈は「明治六大教育家」に数えられないままという面白い話になった

さて、今朝の「あさが来た」で高橋英樹が演じる大隈重信の台詞
「国家の財産として残せるもの、それは人材である。
而して、教育こそ天下の大事」とあった、至極真っ当である
戦後のGHQによって日本の教育制度から取り去られたものとは
旧制高等学校にあった真の「エリート育成」のエスタブリッシュメントの教育
(エスタブリッシュメントというより、ノブレス・オブリジュージュ・高貴な義務)
海軍兵学校と陸軍士官学校にあった軍事学教育、この二つの教育制度である

家庭の武士道教育衰退で見えた昭和官僚軍人の文字面軍人勅諭の失態
敗戦後の日本復興で見えた戦前教育の日本人の実直勤勉の教育精神
にも拘わらす、GHQと日教組が仕切った戦後教育の成れの果てが国会
国会のおける議員の遣り取り、なかずく民主党議員の質問を聞くたびに
国会議員とマスコミ、それは国民のレベルを示しているという格言が腑に落ちる
国家の敗退とは、教育の廃退と同義であると感じさせられる、今日この頃
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/899-915e6781