2016.03.08 葛城談話
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葛城一言主神社にある「蜘蛛塚」、記紀に云う土蜘蛛(つちぐも)虐殺の地である

神武天皇が土蜘蛛を捕え、彼らの怨念が復活しないように頭、胴、足と別々に埋めた跡とか
土蜘蛛とは古代日本における、天皇への恭順を表明しない土着の豪傑などに対する蔑称
大和国の土蜘蛛の外見で特徴的なのは、他国の記述と違い、有尾人として描かれている
まま、歴史は勝者の作文、今の赤支那帝国や朝鮮との歴史戦もここにあると頷かされる

さて前記の続き、私達は〼々半升を飲み飽かし、仮眠をとり朝風呂で身を浄め宿を出た
生駒・信貴・葛城・金剛の山麓は、物部・平群・巨勢・葛城・鴨という古代豪族の本拠地
その由緒を伝える神社・御陵・古墳・宮跡の史跡が其処彼処にあり、古代史探索を満喫
葛城歴史博物館で待機していてくれた学芸員とも数々の歴史談話を楽しみ、そこを出た
一言主神社では宮司が口を手術したばかりで話が出来ず、挨拶だけということであった
が、参加諸氏の風談が佳境に入りだすと、宮司はん「ワシは暇だす、もっと話を」と坐り直す

話は、古代葛城氏の素性と天皇家との繋がり、そして鴨一族との関係という古代史論議
続いて、神道と仏教を合祀した葛城山系の役 小角(えんの おづぬ )の話題となり
ついには、神道・仏教、そして世界宗教という大上段の話に及び、宮司はんは居座る
私が、神道が世界宗教にならなかった理由を訊くと、宮司曰く「日本人以外には届かない」
私が何故と畳掛けると、宮司の口の手術を慮り国際日本学の教授が横から口をはさむ
「神道は死を不浄のものとして追い払う、他の宗教は死の意味や死後の話が中心になる」
私は首肯、教授は出自が禅宗仏門の故もあり、世界の民族文化と宗教の薀蓄が深い

確かに、日本の葬式仏教では死後の世界を云々し、金を閻魔の懐に入れる手伝いをする
キリスト教も天国やら復活やらと訳の分からん話を二千年続けている集団である
イスラム教に至っては、コーランは翻訳禁止、つまり翻訳すると神の意が崩れるとか
仏教はそもそも論では哲学、儒教は道徳学であって宗教とは云えない云々
私は時間が気になっていたが、宮司はん「エエがな、面白い話や、ワシも聞きたい」

その教授、話を進める、「仏教は印度から支那そして日本へ誤解が伝わるハメになった」
特に、禅宗に置いてそれが著しいという、つまり「零」の概念の伝わり方である
印度で「零」の概念発見は釈迦入滅後の七世紀、それから「零」が「無」や「空」と訳される
「空」は支那人には「そら・天空」である、日本に来ると「空」は「から・空っぽ」
この語意の民族的理解度の違いが、印度・支那・日本の仏教の認識の違いとなった
特に、禅宗に於いては印度・支那・日本で宗旨の違いとも云える「誤解」があるとか云々

私は、茶の湯に「禅宗」を持ち込み、茶禅一体とウソブク禅坊主はんを思い莞爾として聞く
先日、「茶道人口が減り、このままでは大変なことになる」という千流の茶人にお会いした
御仁は、私も茶道産業に身を置く一人と見て、同類相哀れむ的発言であるが、私はうっちゃる
「茶道」を産業と捉えると、参集する関係者の茶とは「業・なりわい」となり糊口の具となる
茶は一人で楽しむもの、時には朋友と一服を愉しむのも善しというのが、私の思う「茶」

葛城談話を終え、鴨族・賀茂神社の宗社である高鴨神社まで行き昼食をとる
献立は鴨汁、今日は禰宜(ネギ)は東日本震災の慰霊で東北の地までお出かけとか
しかし、鴨汁には葱(ネギ)はシッカリ入っていた
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